J.フロントリテイリング 執行役
/グループデジタル戦略統括部長
中山 高史氏
TSUNAGU・パートナーズ 代表取締役
/NODE 顧問
/元am/pmジャパン 代表取締役社長
相澤 利彦氏
NODE 代表取締役
金 均
金 均(以下、金) 2020年の全国の百貨店73社の年間売上高は、前年比およそ25%減(日本百貨店協会調べ)と、過去最大の減少幅でした。またアメリカの老舗ブルックス・ブラザーズの経営破綻も記憶に新しいところです。
そこで、この鼎談では中山さんに、百貨店やリテール業界全体の今のこの状況をどう見られているのか、まずはそこを率直にお聞きしたいです。
相澤 利彦氏(以下、相澤) 中山さんはもともと三菱商事にいらして、在職中の2008年にはビジネスコンサルティング会社である「シグマクシス」の創業も経験されて、リテールと商社とコンサルの視点をそれぞれお持ちでいらっしゃる。その中山さんの視点からリテール業界はどう捉えられるのか、僕もぜひ伺いたいです。
中山 高史氏(以下、中山) ひと口にリテール業界と言っても、今はもう売り上げがコロナ前に戻っている企業もありますよね。株価イコール景気ではないとはいえ、日経平均も戻りましたし。一方、我々百貨店のように株価も含めて戻っていない企業も多々ある。では、その差はなんなのだろう、と日々考えています。
このコロナ禍を経て、コンシューマーの物の購買が大きく「二極化」してしまった。それなしに生きていけない必需品と、本当に自分が楽しい、買いたいと思う物。その二者は買う。
けれど、これまではその中間にあった、「ウィンドウで見かけて気に入ったから、買っちゃいました」というような曖昧な買い物はもうほとんどなくなってきていると思うんです。しかも今は自粛もあって、そもそも目的なく出かけませんから、ますます二極化に歯止めがかからない。
じゃあ、百貨店はどこに位置するかというと、一部、デパ地下の食品フロアなどを除けば、生活必需品を売ってはいません。
なので、我々はやっぱりお客様が必需じゃないけれど、「どうしても買いたい」と思える物を買える場づくりをしていかない限り、もう生き残れないと強く感じています。
小売りはどちらかに舵を切っていかない限り、生きていけなくなる世界がもうそこに来ている。
さらに輪をかけて、必需品側にはEC化の波もあります。世界でも稀なほどEC利用率の低かった日本も、このコロナ禍で急激に利用率が伸びた。すると、そこにはやっぱりAmazonがいる。もしかして、5年後にはみんなほとんどAmazonで生活必需品を買っているのかもしれない。どうパイを取りに行くかを含めた戦略を考えなくちゃいけません。
中山 ちなみに我々は、Amazonに伍するようなeコマースというのは全く考えていません。eコマースを中心に物を売っていくことも考えていませんし、もう僕はeコマースとさえ呼んでいません。考えているのは、リアル店舗がある百貨店としてのインターネットの使い方です。
百貨店業界では、「O2O(Online to Offline)が浸透してきたとはいっても、最後はやっぱり売り場だよね」という話がよくされます。カスタマージャーニーの中にオンラインがあってもいいけれど、最終の帰着点は売り場。実際に物も見てもらって、接客して買ってもらうのが百貨店、という考えが根強くあります。
ただ僕は意見が少し違っていて。どちらでもいいと思っているんですよ。お客様が選べばいい。オンラインで完結したいならすればいいし、売り場じゃないと買いたくなければ、もちろんお越しいただくのがいい。時と場合と物によって、ジャーニーには自由度があるべきだと思っています。店舗ありきにすると、どうしても制約が出てきちゃう。
金 なるほど。今、商品の厳選化が起きていて、百貨店のような業態は今後、楽しさの厳選化に対応していくことになる。そのためには、検索して即購買するAmazonの世界ではなくて、お客様目線でのカスタマージャーニーをどう描くかが大事になるというお話ですね。
例えば腰痛に悩む方が、最初は解消方法をオンラインで調べるんだけれども、その後にお店で実際に体験をしてみて、店員さんが寄り添ってさまざまやりとりする中で納得して物を買ってもらう。
相澤 まさに以前に中山さんがおっしゃっていた、スリーピング・ソリューションの例がそれですね。売り場にベッドがあって、寝間着があって、その場で寝られるから寝具合が分かって、腰痛持ちのお客様であればその対応方法までケアしてくれる。サービスと商品を掛け合わせたリアルの場。
中山 そう。でも、僕はお客様への訴求のしかたは、大きく2つあるのかなと思っています。今、おふたりが話されたように、自分の悩みを解決してくれる体験がひとつ。
でも僕、買い物って本来、もっともっと楽しいものだと思うんですよ。みんながウィンドウショッピングが好きなのも、旅行に行くと買い物ばかりしているのも、楽しいからですよね。でも、生活必需品をAmazonで買うって全く楽しくないじゃないですか。
金 もはやタスクですね。
中山 そう、義務。だから僕ら百貨店は、人間の意思や感情に寄り添った、もうひとつの売り方ができるようになることが、すごく大切です。
単にそこにしかない売り物を持っているだけでは駄目で、楽しませてくれたり、悩みを解決してくれたりするプロセスとコミュニケーションがあって、かつ、本当に欲しい物が揃っている場所から、お客様は物を買うんです。
では、そのためには、どういう物を揃えて、どういう売り方をすればいいのか。そこが今後の戦略の鍵と思って、今議論しています。
中山 例えば、私は車が好きで、よく洗車するんです。それでよくカー用品店に、洗車用品を買いに行く。でも先日、車にあまり興味ない人を誘ったら、買い物に付き合いたくないって断られた。その理由を聞くと、「棚が雑然としすぎていて、美的感覚が合わない。気持ちが悪くなる」と言うんです。
で、たしかに、全然おしゃれじゃないんですよ。
金 みなさん、乗っている車はおしゃれなのに。
中山 それで、僕は別の日に六本木の洗車用品やカーアクセサリーのセレクトショップに行ったんですね。すると、店内にガレージが再現されていて、アンティークのポルシェが置いてあって、洗車用品もボトルが鮮やかな青や黄やピンクで、カラフルに並んでいるわけです。
金 1つの世界になっているわけですね。
中山 そう。もう美として完成されているんですよ。雰囲気もいいし、洗剤1つ1つのデザインもすごくおしゃれ。
それでもう僕は楽しくなって、店員さんと2時間ほど話し込んじゃいました。車がお互いに好きなので、いろんな話を。それで、商品の背景も、洗車用品メーカーの創業者の想いもよく理解できたので、「じゃあこの辺、全部ください」って。
相澤 この辺、全部ください(笑)。
中山 衝動買いするぐらい楽しいわけですよ、ショッピングが。僕もう20年以上、車に乗っていますけど、初めての経験でした。そして、「あ、なるほどな」って、気付いた。百貨店はこういう物の売り方をしたらいいんだなと思ったわけです。
金 その洗車用品のお話、おそらく中山さんが買われたものって、「物」じゃないということですよね。
中山 そう、カーライフですね。
金 モノじゃなくコト。本質的に売っているものが違うから、接客の方法も違う。
中山 そう。僕がそのお店で洗浄剤を手に取ったら、「きれいな色でしょ」って話しかけられたんですよ。その後も「僕、洗車していたら近所の人に、その緑色いいですねって言われて。匂いもいいから、犬まで寄ってくるんですよ」とか(笑)。性能の話には、なかなかならなかった。
やっぱり、その物を買って所有することでどう変わるか、どんな生活を送れるのかにフォーカスを当てないと、喜びって描けないですよね。スペックの話じゃ楽しさは売れません。
(後編「お客様に売る場でなく、楽しんでもらう場へ」に続く)
【後編】お客様に売る場でなく、楽しんでもらう場へ
今こそリテールに本質的な変革を