Column - コラム

今こそリテールに本質的な変革を【後編】

お客様に売る場でなく、
楽しんでもらう場へ

J.フロントリテイリング 執行役
/グループデジタル戦略統括部長
中山 高史氏

TSUNAGU・パートナーズ 代表取締役
/NODE 顧問・イノベーションプロデューサー
/元am/pmジャパン 代表取締役社長
相澤 利彦氏

NODE 代表取締役
金 均

コロナ禍において個人の消費が落ち込む中、リテールは今、大きな岐路に立っています。

そこでNODEでは、大丸や松坂屋、PARCOなどを運営する、J.フロントリテイリング 執行役であり、グループのデジタル戦略を統括される中山高史氏。そして、CIOとして産業再生機構出資下のダイエー、代表取締役としてam/pmジャパンの企業再生を手がけた経歴をお持ちの相澤利彦氏をお招きしての鼎談を企画。「リテール変革の本質を提起する」を題材に、思考のスパーリング・セッションを行いました。

前編のリテールに巻き起こる二極化の波を受け、百貨店はどう変わっていくべきか。その問いを受けての後編は、変革の本質とは何か。変革を阻むものは何か。そして変革リーダーが今、すべきことを語り合います。

売り場のマインドセットこそ変革を

金 均(以下、金) 物を売る場から、お客様の喜びを描く場と変わるとなってくると、僕はやはり買い物はもっとコミュニティに近い世界観になっていくような気がしています。
店員の接客も御用聞きではなく、自分の世界観や楽しい体験を持っている人が、それをお客様に共有するようなスタイルになっていく。

それでいくと、中山さんは、次世代型店舗と言われる「Neighborhood Goods(※)」などをどう見られていますか。

※2017年にアメリカ・テキサスで創業したスタートアップ「Neighborhood Goods」。アパレルから雑貨まで、旬なD2C(Direct to Consumer)ブランドが並べられ、店員は販売スタッフではなく、アンバサダーとして、ブランドの魅力や商品のストーリーをお客様に発信。コミュニティ・イベントなども積極的に行い、リアル店舗ならではの顧客体験を提供している。

中山 高史氏(以下、中山) 僕は1つのビジネスモデルのベースのアイデアとして面白いと思っています。
ただアメリカ在住の友人たちの話では、正直、品質がそこまで良くないので、購買客はアーリーアダプターの若者が多い。そして1回行けばだいたい分かっちゃうから、商品の入れ替わるタイミングにまた行けばいいか、となるらしいです。
なので、話題先行型で、マスコミが騒ぐほど売り上げは高くないのだろうなとも思っています。けれど、ヒントは多分にある。

例えば店員が「ブランド・アンバサダー」になるという考え方。今、百貨店の靴売り場は、百貨店の社員が売っていることが多いですが、じゃあどこまでその靴への想いを語れるのか。もともとスペックはよく知っていて、今は3Dの足型測定器もあるので足のサイズに合った靴を提案できるなど、サービスレベルはかなり上がっていると思うんです。

けれど、試着したお客様からの「私、この靴履いたらどうかしら?」の声には、もっとうまく応えていく必要があると思います。それなりに高価な靴だとすると、やっぱりこれを履いたら自分の生活にどのような豊かさ、彩りがもたらされるかが想像できないと買うまでには至らないと思うんですよ。

 お客様に本当に楽しい買い物を提供するには、「Neighborhood Goods」がやっているようなアンバサダーがブランドの世界観を発信するだけではなく、さらにその先。もっとお客様自身の世界の中に入り込んで提案ができるようになっていかなきゃいけない。

中山 そう。僕が人に物を売るとしたら、まず自分が使いますよね、基本。アルバイトで物を売っていた時代は、一通り使い倒してました。いいところと悪いところを把握して、「これいいな」とお客様にお勧めできる物をピックアップして売ります。

 なるほど。

中山 やっぱり買う側も、売り手が情熱を持って、心から勧めてくれているのかを見抜くんですよね。あとは、本物を見極めるセンスがあったり、この人が言うなら間違いないと思う人からは買います。

相澤 利彦氏(以下、相澤) その話でいくと僕は、百貨店には「ブランドアンバサダー」「ライフスタイルコンシェルジュ」「マイクロマーケティング」、この3つの機能をぜひ高めてもらいたいなと思っています。
ワイン売り場なんてぴったりだと思うんですよ。実際に商品を知り、味わった人が、コンシェルジュを極めて個別対応していく。

中山 それはすぐにでもできるし、実はあまりお金もかからないんですよね。
でも僕は、立派な変革だと思います。お客様の眼から見て、「すごく変わったね」となりますから。こんなに効率のいい投資はない。

相澤 もはや物を並べて売るだけとは違う業態へのトランスフォーメーションに聞こえます。

中山 おっしゃるように、これは売り場のマインドセットのトランスフォーメーションです。

今の百貨店の店員はお客様のことが好きだし、懇切丁寧に接客もして素晴らしいんです。ただ、「売れるか売れないか、結果は分からないけれど、お客様に今日楽しんで帰ってもらおう」と思うことがますます重要になります。

要は考え方1つ変えるだけで、立派な変革ができる可能性がリテールにはある。まずはそこからやってみて、「もっとこれが知れたら、こんなこともできるのに」と思ったら、デジタルに投資をしたらいい。最初からデジタルありき、多大な投資ありきは違うと、僕はずっと思っています。

お客様の想いと、思い込み

相澤 今のお話、まさに「Dは手段で、Xこそが目的」という話だと思います。けれど、日本の多くの企業はトランスフォーメーションから進められない。それはなぜなのか。

僕は大きく2つの壁があるからだろうと思っています。1つは、“顧客志向が強すぎる”こと。お客様に聞いても、Xは絶対に出てきません。あともう1つは、やっぱり長年その業界にいて、“旧来のやり方が染み付いてしまっている”こと。

この写真を見てください。「I-PACE」というジャガー初の完全な電気自動車(EV)です。僕、この車を見た時に、ジャガーはやっぱりジャガーなんだなと思ったんです。

jaguar i-Pace at Frankfurt Motor Show 2017.

このフロントのグリルって、基本的に走行風をラジエター(エンジンルーム)へ当てる通風口なんですね。要するに、ガソリンエンジンは熱が出るので必要なんです。けれど、空力特性はその分だけ悪化します。

 でもEVはエンジンの熱が出ないから…。

相澤 そう、本来はフロントグリルは要りません。でも、作っちゃう。ジャガーだけでなく、メルセデスや他社もそうです。まさにイノベーションのジレンマ。
そして一方のテスラは世界最高レベルに空力特性がいいんです。

TESLA Model3

なぜこんなことが起きるのかなと考えると、先ほどの2つの壁に行き当たるんです。

 どういう意味ですか。

相澤 お客様に、「フロントグリルの存在しないフェイスはどうですか?」と聞くと、格好悪いと言われるからですよ。

中山 でも、もはやお客様はそんなことを思っていない、ということもありますよね。
例えばBMWの車には、「キドニーグリル」があって、たしかにこれがないとBMWじゃないとみんな思っている。けれども、もしかしたらBMWの電気自動車を欲しい人は、キドニーグリルがなくてもいいと言うかもしれない。
それよりも、もっと高性能なEVをつくってよ。これじゃ“駆けぬける歓び”になっていないよ、と思うユーザーがいてもおかしくない。

相澤 そうそう。

中山 でも、もし僕がBMWのカーデザイナーを30年やっていたとしたら、キドニーグリルは外せないんですよ、どう考えても。
「お客様は、当然そう思うだろう」と僕は思い込んでいるし、何より僕がそうあって欲しいんです、きっと。

 表面的なお客様の声からはイノベーションは生まれないということですね。

中山 それで僕がよく典型的な例に挙げるのは、ウォシュレットです。ウォシュレットをつくった人は、もちろんお客様を喜ばせたいと思っていたに違いないんですよ。
でも、ウォシュレットが存在する前に、「欲しい」って言ったお客様は絶対いないですよね。そんなものないのが当たり前だと思っているから。

 確かに。

中山 あとは、思い付いたかどうかだけです。じゃあ、何をきっかけに思いつくかといえば、やっぱりペイン。「何か」をペインと捉えられるかどうかなんですよ。

お風呂で体を洗っている時に、「今、お尻だけ石鹸を付けずに、紙で拭いて出たらどうなんだろう?」ってひょんなことから思ったりするじゃないですか。「それって気持ち悪いな。でもトイレだとやってるな」って。あとはそれを寝て忘れちゃうのか、なんでなんで?と、翌朝の通勤電車でもずっと考え続けられるのか、その違いです。

相澤 なるほど、トランスフォーメーションを発想する時には、もっとプリミティブに、お客様のペインに立ち返ることが重要な気がしますね。

リテール変革は難しくない

 では、今回の鼎談の最後の質問になります。
“リテール業界の変革を志す方がたへのエール”と言いますか、アドバイスをおふたりからいただけたらと思います。

相澤 “変革で失うもの”って明確なんですよ。リストラされてポジション失うだとか。だけど、“変革で得られるもの”ってだいたい不明確です。だから人間は保守的になるし、変革が進まない。

つまり、リーダーはもっと、“変革で得られるもの”を説明しなくちゃいけないんです。僕はダイエーやam/pmで企業再生していた時、収益構造の転換のため店の多くを閉店して、失うものはそれこそたくさんあった。フランチャイズのオーナーは飯の種まで失いますから。でも一方で、やはり得られるものは説明が難しいんですよ。

だからこそ、変革するリーダーの使命は、変革によって得られるもの、できるなら明るい未来を語ることに尽きると僕は思います。

 ありがとうございます。では中山さんも、お願いできますか。

中山 僕は、実は変革ってそんなに難しいことじゃないと思っているんですよ。

でも、真剣に考えなくちゃいけません。相澤さんの教えるグロービスには僕も若い頃に通っていて、クリティカルシンキング講座の先生に言われました。「とにかく考えろ」と。だから僕は3カ月間、とにかく1つのことについて、トイレの中でも考えました。こんな経験はないと言えるくらい朝から晩まで考え抜く。そうすると何かが見えてくるんですよ。

前回のプロジェクトでは僕、“スパーリング・パートナー”が欲しかったんですが、その意味ではNODEさんにすごくスパーリングしてもらったと思います。

 殴られてばかりで、すみませんでした。

中山 いえ、努力されているなと思いました。僕は一緒に仕事をして面白かったです。
脳みそに汗をかいてると言えるくらいにスパーリングをしながら、話が弾んでしょうがない。そんな状態から、新しさは生まれてくるんだと思っています。

 ありがとうございます。

中山 今、コロナ禍で苦しむリテール業界の人たちも努力はされていると思うんですよ。資金繰りに行ったり、広告を作ったり。でも、そんな正攻法の努力だけに頭が回ってやしないか。
前ではなく後ろから見たり、発想を転換して考えたら、ひょっとすると今やっていることの7割は、実はお客様に求められていないかもしれない。僕、それぐらい割合は高いと思っています。だってもし求められていることがもっと多いなら、たとえコロナ禍でもお客様は来ているはずなんですから。

まず自分のビジネスが、お客様に求められているかどうかを真剣に考え抜くことを、原点に立ち戻ってやるべきだと僕は思います。

(了)

文・編集/丸山央里絵(Funday) 写真/保田敬介
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