Works - 実例

住友生命が挑んだ”保険サービス”の価値を転換する挑戦

実証実験が導いた『Vitality』の成功、そしてデジタル横断組織の結成へ(前編)

住友生命保険相互会社
保険業界の常識を大きく揺るがせた健康増進型保険『Vitality』の日本でのサービスリリースから早5年。現在、『Vitality』の契約数は130万件を超え、100年の歴史を誇る住友生命グループ全体での契約保険数1400万件の中、押しも押されもせぬ主力商品へと育っています。
対談の前編では、その仕掛け人である住友生命保険相互会社の岸 和良さんが、『Vitality』サービスリリースに向けて実践した変革と、それに伴う痛みが社内で噴出したタイミングでプロジェクトに加わったNODEとの奮闘の軌跡をたどります。

聞き手:金 均(NODE)

『Vitality』が住友生命にもたらしたもの

金 均(以下、金)  2018年にサービスリリースした健康増進型保険『Vitality』は、その年に「日経優秀製品・サービス賞 最優秀賞 日経ヴェリタス賞」を受賞。非常に革新的な商品として保険業界で大きな話題をさらいましたが、まずはどのような商品であるのか、お聞かせくださいますか。

住友生命社会議室にて、聞き手の金(左)と岸氏(右)

岸 和良氏(以下、岸) はい。『Vitality』は、もともとは南アフリカ共和国のDiscovery社が開発した保険で、日本では唯一、住友生命が展開を行うことになりました。一般的な保険は、加入時の契約内容に基づき、毎月一定の保険料を払い込み、病気や死亡のタイミングでお金を受け取る形ですが、『Vitality』は加入者が運動や健康診断などを行うとそれがポイント化され、保険料の割引や、特典(リワード)を獲得できるのが特徴です。つまり、健康増進活動を楽しく続ける仕組みで加入者が健康になり、結果、病気になる確率を下げていく、ヘルスケア支援を行う保険です。

 ウェアラブルデバイスとスマートフォン向けのアプリを連携して、加入者のデータを蓄積し、「健康活動量」が多いほどポイントが溜まる仕組みになっているんですよね。

 そうです。『Vitality』では顧客の行動をデータ化し、一人ひとりの健康活動の実態を把握し、次の提案につなげています。具体的には、日々どれだけ歩いているのかを計測し、活動時の心拍数なども確認し、健康診断の結果とも照らし合わせ、「このままだと病気になってしまいますよ」「この調子でいけば健康ですね」という診断やアドバイスに活用しています。

『住友生命Vitality』サイト。鮮やかなレッドのカラーが目を引く

 保険業界では、以前から顧客の健康データは蓄積されていると思うのですが、従来の商品と『Vitality』ではどのような違いがあるのでしょうか。

 従来の保険業界でのデータ分析というのは、保険加入時の健康診断の結果をもとに、その人がどのくらいの確率でどんな病気になる可能性があるのかを分析する、リスク回避の側面が大きかったと思います。『Vitality』のように「お客様を健康にするためのデータ取得・活用」というものは、あまりありませんでした。

 なるほど、そういうところが、今までの商品とは異なると。

 リスクに向けて分析を行うよりも、顧客にもっと楽しく健康に暮らしてもらうために分析を行うところが、大きな違いではないでしょうか。

 『Vitality』という商品が、これだけ顧客の支持を集めてきたことを受け、社内では何か変化が起きましたか?

 顧客のことを真剣に考えて商品を作り、改良していく。顧客からお預かりしたデータを分析し、顧客に新しい価値を提供するために活用していく。そのサイクルが生まれ、全社のDXも一気に進んでいきました。

保険の概念にはなかった「楽しさ」を生み出すまで

 南アフリカの保険を、日本で展開していくということが決まり、どのようなことから取り組み始めたのでしょうか。

 始めは、本当によくわからなかったですね。今までは、企画担当が商品を作って、営業担当がお客さんごとへのトークに落とし込み、付加価値をつけて販売していく流れが主流だったので。「楽しみながら健康増進活動ができる保険商品」というコンセプトは決まっていたのですが、どうしたら楽しい健康生活につながるのかの部分が欠落したまま販売をはじめたんです。しかし、うまくいかなくて。

そのときに現・社長が当時の『Vitality』の担当役員だったのですが、彼が“顧客価値”を強く訴えまして。「そもそも、自分たちでやっていて面白くないものは、売れるわけがない」と言うんですね。「面白いと思えるまで考えなさい」、と。

開発部門は皆、非常にしんどい思いをしました。なぜなら、それまで会社の中で「楽しい」について考えたことがなかったからです。保険は、認可を受けるために厳密に守らなくてはならない、間違いがあってはいけない側面が強いので、プロダクトに面白みやアミューズメント性を取り入れたことがなかった。急に言われて皆、戸惑っていました。

 突破口は、何だったのですか?

 顧客の声です。例えば、妻の勧めで加入した夫が、歩きはじめたらだんだん痩せてきた。楽しそうに歩きに出かける様子を見ていた妻が、私もやろうかなと。夫婦の会話も増えて、楽しそうにしているのを帰省した子どもが見て、俺も入ろうかなと。

インタビューでそういった話を聞いて、これは健康というよりもコミュニケーションを円滑にするためのひとつの道具なんだと気づいたんです。そのための機能をたくさん入れていけばいいんだと。だったら、職場の人たちと一緒にやっても面白いかもね、と発想が広がっていきました。

 たしかに、一人で歩くよりも、皆でやったほうが楽しいですよね。

 ちなみに今後、新機能として作っていきたいと思っているのは、ウォーキングのコース設定ですね。ただ、夏は暑いし、冬は寒くて歩くのをやめてしまう人も出てきてしまうかもしれないので、そういう人たちのためには、地下街のコースを作ってみるのも面白いかなと思っています。

現場に大きな負荷がかかった、改革に伴う痛み

 「楽しい」に対する目線が社内で合いはじめ、新商品が形になってきて、その後はどのようなステップで進んでいったのでしょうか。

 さあ、この商品をどう売っていこうか、と。そこで一番問題になったのが、営業職員の業務負荷です。従来の商品では、契約をしていただいたら、あとは年に1回ほど定期的にコンタクトをとっていけばよかったのですが、『Vitality』はお客さま一人ひとりに対して、スマホアプリやウェアラブルデバイスの設定が必要になります。また、毎日使うので、システムの不具合や、接続の問題などがたくさん起こります。営業職員のタスクが爆発的に多くなってしまいました。

 どのように解決したんですか?

 営業職員が営業活動もして、サポートも行っていくのは限界だったので、デジタルサポートのための別部隊を用意しました。また、コールセンターも拡充し、遠隔支援も行いました。しかし、この頃は皆、本当にしんどかったと思います。

コールセンターも、従来の商品だけであればそんなに電話がかかってくることはないんです。でも、『Vitality』の場合は、日常的に「ポイントが付いていない」「特典のシューズが買えない」など、たくさん電話がかかってくるんですね。全員が、今までのメンタリティではご要望にお応えしきれない。新たなメンタリティを必要とするフェーズでした。

 顧客に寄り添う、ということが想像以上に大変だったということでしょうか。

 そうですね。思ってもいなかった業務が増え、KPIの壁にぶつかっていきました。営業職員たちの多くは比例給で、成果と比例して収入が多くなる報酬体系だったのですが、それでいくと『Vitality』のようなアフターフォローが必要な商品は、割に合わないんですね。

そこで固定給でデジタルサポートを行う部隊も作ったのですが、その部隊をどこまで増やすのかのせめぎ合いもありました。コールセンターも、効率化のKPIが設定される中で、たくさんの電話に対応しなくてはならなくなり、業務モデルの転換を迫られました。

デジタル推進の伴走者であるNODEとの出会い

 NODEが『Vitality』に加わるようになったのは、おそらくこの頃ですよね。

 はい。そうですね。人のみによる推進に限界を感じ、デジタルでの推進支援が必要だと強く感じていた時期でした。デジタルを使って顧客接点を作って、そこから必要に応じてリアルの営業職員につないで価値提供を行う仕組みにしないと、ビジネスモデルとして持たないだろうという話が社内で持ち上がっていました。

デジタルによる新規顧客の接点作りと、獲得顧客の満足度向上。そのためのノウハウが社内にはなかったので、社外からそのノウハウを提供してくれるパートナーを探しているタイミングでした。

 弊社以外にも、候補がいらしたんですよね?

 当時は社内の各業務部門が、それぞれに社外からいろいろな人を連れてきている状態でした。でも私の感覚では、これはひとつのところにお願いして、多部門を並行して動かしていってもらわないと、社内にノウハウも残らなければ、部門間での情報共有もできず、無駄が多くなりそうだと感じていました。

 その役目を、弊社に任せていただいた決め手は何だったのでしょうか。

 金さんを古くから知る社内の人物がよく名前を出していたことと、実際に私も金さんと話してみて、質問に対しての回答が即時的で論理的だったこと。あとは何より、私に対して「それ、間違ってますよ」と平気で言ってきたところですかね。多くの人は、私たちみたいな人には本音を言わないですからね。

 いや、もうちょっと丁寧にお伝えした気がしますが……(汗)。

 ペルソナの話がひとつきっかけですね。ペルソナ設定とセグメンテーションを行わないと効果的なシステムは作れないと、あるコンサルティング会社からアドバイスを受けて、20個近くの細かいペルソナに合わせた画面を作ろうとしていたところ、金さんが「まずは重要なペルソナを設定してアプリやサービスを作り、数字が上がれば、応用で広げていけばいいんじゃないですか」と提案してくれた。

我々は当時、素人だったので、ペルソナをそんなにざっくりとしてしまって大丈夫なんだろうかと半信半疑だったのですが。最初からパーソナライズしすぎた画面を大量に作っても、コストが跳ね上がってそれ以上を作れなくなるので、金さんのアドバイスに従って、結果正解だったんですよね。

 ありましたね、細かすぎるペルソナ事件。

 あとは、「新しい生保の世界を一緒に見たい」と言ってくれた。その言葉が、今につながっている気がしています。

後編では、どのようにして住友生命は『Vitality』を世に広めていったのか、そこにNODEはどう伴走したのか。そして、『Vitality』の成功をきっかけとした住友生命の全社組織の大改革はどのように進んでいったのか、その実情に迫ります。

岸 和良
住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー/デジタル共創オフィサー/デジタル&データ本部 事務局長
2018年日経優秀製品・サービス賞で最優秀賞にも輝いた、革命的な健康増進型保険商品『Vitality』を日本で展開。現在はデジタル共創オフィサーとして、デジタル戦略の立案・執行、パートナー企業や自治体などとの共創活動、社内外のDX人材の育成活動などを行う。著書に『DX人材の育て方』(翔泳社)、『実践リスキリング』(日経BP社)などがある。

取材・文/木崎ミドリ 撮影/保田圭介 編集/丸山央里絵
  • DX人材育成
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)
  • プロトタイピング
  • 高速PDCA
  • ビジネスグロース
  • ビジネスプロトタイピング

|Works - 実例

“マーケティング・インテリジェンスチームを創生し、変革の架け橋へ
日本たばこ産業株式会社

“トップガン”で仕掛ける、現場と経営をつなぐDX
サントリーコミュニケーションズ株式会社

プロダクトからサービスへ。“実証実験”に託す未来
日本たばこ産業株式会社

“源流”を突き詰め、小売りをアップデートする
株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス

メニュー単体からトータル支援まで、
幅広く対応させていただきます。
まずはご相談ください。
お問い合わせ