Column - コラム

企業に求められる基準は、経済価値から社会価値へ。
パーパス経営の創造力・推進力にこそデータ活用は必須

株式会社ギックス
取締役/共同創業者 
田中 耕比古(たがひこ)氏

株式会社NODE
代表取締役 金 均(こん ひとし)

著書
「一番伝わる説明の順番」「仕事の質とスピードが上がる 仕事の順番」(共にフォレスト出版)、「思考の手順」(PHPビジネス新書)など

前回の座談会「データ分析の本質は、経営意思決定のBPR。KKD(勘・経験・度胸)とデータを組合せ、速度と精度を抜本的に向上する」では、人のKKD(勘、経験、度胸)にData Informedが加わることで経営者だけでなく、すべての現場でデータを共通言語として連携できる状態をつくることができ、それにより経営の在り方がプロセスリエンジニアリングされる、という点について確認しました。

2回目となる今回は、次代に求められる新しい経営とは何か、新しい経営を遂行していく中でデータはどのような役割を果たすのかについて談義したいと思います。米国のリテール業界では、日本よりも早いスピードで新しい経営にシフトしています。企業経営がパーパスやヒューマニズム的側面を追及し始めている今、経営はどのようにアップデートすべきなのでしょうか。そこに、データをどのように活用すればいいのでしょうか。

この座談会では、株式会社ギックスの田中耕比古さんとともに、『データをフル活用するパーパス時代の新しい経営』について、語り合いたいと思います。
企業競争の焦点が、より早くより多様な市場への変化対応競争になる中で、従来の「現場が経営に上げて、経営が決定を現場に下ろす事業推進の枠組み」は、時代遅れになりつつあります。今後は、経営の提示する大方針のもと、最前線で顧客と対峙し、リアルな感覚を持つ現場が自律的に意思決定しながら有機的に連携していく事業推進の枠組みに転換せねばなりません。

(座談会は全2回。本編は第2回です)

CSV(Creating Shared Value)を追及し、社会の中で企業の未来を創るためにパーパスを経営の根幹に据える

金 均(以下、金) 今、経営は転換期を迎えています。特に地域社会に根差し、お客様に直接相対するリテールの現場で新しい価値観が登場し、新しい形のブランドCX、リテールCXの模索が始まっているようです。それは株主価値を偏重して追い求める従来型の経営ではなく、社会全体や顧客の幸せ、従業員の幸せを一体で目指す新たな経営が求められ、データ分析が非常に大きな役割を果たしているように見えます。

それを裏付ける例として、日本を代表する10兆円企業の経営企画担当役員から次のようなお話を伺いました。「これまでは、まずは株主価値、つまり売上・利益を生み出すのが経営であり、それに付随する形でCSR、つまり社会的責任を果たすというのが企業の姿であった。しかし今後は、社会価値の創出、社会課題の解決こそが事業そのものであり、それは顧客価値を創出することにつながり、結果として経済価値も生み出される形になる。サステナブルな社会に貢献することが企業の役割であり、企業そのものもサステナブルに存続・成長していく道である。つまり、社会価値起点の企業経営へ転換しなければならない」と。

また、私が2023年に2回ほど訪問した米国視察でも同様に、株主価値や経済価値を求める前に、社会への貢献とは何かを追及する価値観が経営に影響を与え始めていると感じました。

田中 耕比古氏(以下、田中) 確かにパーパス経営は一つのムーブメントになっている印象があります。しかし実際には、利益追求という大命題に忙殺される企業が多いという現実があります。そのため、パーパスに基づいた「理想的な経営」は、売上高が1兆円を超えるような超大企業でないとたどり着けない世界のようにも感じます。

 昨今、株主価値偏重の生産型資本主義経済が行き詰まり始めているのは、経営者の共通見解だと思います。つまり、それは従来型の株主資本主義の行き詰まりを意味しています。

そもそも資本主義の成り立ちを振り返ってみると、まず産業革命により生産の機械化が始まり、そして工場をつくるのに大きなお金が必要だったため、経営者が株主からお金を集めて創業するという株式会社の形が生み出されました。すなわち、元をただせば現在の資本主義は、生産設備投資のための集金の仕組みとして成立したのだと思います。そして株主は、これだけの規模の工場や設備を整えたのだからフル稼働で生産することを期待し、自分たちが投資した以上のリターンを求めるのも当然です。故に、設備投資した分以上に企業は生産して販売しなければならない。それで工場は大量生産方法を高度化し、さらに、それを販売するために現代の経営やマーケティングが成立してきました。

一方、地球温暖化やサステナビリティの観点からサーキュラーエコノミーを考えると、大量生産・大量消費ではなく、市場が求める適正量の商品を、適正量の原材料で作り、適正な売り場・価格で、本当にその商品を求めている人に売るというほうが大事です。これは言うまでもなくサプライチェーンマネジメントの概念であり、不要在庫が減るので、企業にとっても利益向上が見込め、ハッピーなはずです。さらに言えば、お客様にとっても適正価格で購入できる可能性が高まり、同時に地球資源を無駄に消費しない社会もハッピーになるでしょう。

しかし、現実にはなぜか企業は過剰生産をしてしまうのです。その理由は、行き過ぎた株主価値の追求にあると思っています。そもそも資本家は投資に見合うリターンとして生産を望み、経営者はそれに応えようとする。結果、本当は経営者も、製造量と利益の適正バランスは分かっているはずなのに、株主の期待に応えるべく強気の過剰生産を行ってしまう。大幅な在庫増は困るけど、ちょっと売れ残るぐらいがちょうどよい、というオーバーフローなデマンドジェネレーションの構造体が起こってしまっている気がします。

そして世界中で同じような事象が発生した結果、地球資源の枯渇やインフレ、それに伴う相対的貧困という問題を引き起こしています。これこそが資本家に重きを置いた従来型資本主義だとすると、対極にあるのが社会価値型資本主義。資本家だけではなく、皆の幸せを追求しようという社会課題の解決に資本を投下する、それこそがパーパス経営の原理なのではなないでしょうか。

田中 社会課題の解決も、多くの企業が掲げている目標ですよね。ただ、それは、本当にマネタイズできるものなのでしょうか。マネタイズされないと、事業を転換させるという判断を本気で行うのは難しいですよね。

 米国のリテール業界を例に考えてみましょう。米国におけるパーパス経営のムーブメントは、リテールで働く従業員の給与が減り、生活苦に陥っていることに関係します。というのも、ウクライナ危機やイスラエル危機などの情勢不安により世界のブロック経済化が進み、グローバリゼーションの中でより安いものを仕入れより安く売るという経済活動が機能しにくくなりました。

結果、米国はインフレとなり、従業員は高い商品をお客さまに売りながら、自身もその地域の消費者として、高い値段で商品を買うことになる。そのような構造体の中で、企業は給与を上げられていない従業員に、どう働いてもらうのかという問題に直面している。このまま利益を追求し続けても、 その地域のお客さまが離れ、従業員も離れていくかもしれない。そのような状況に陥ると、パーパス的概念というのが芽生えてくるのです。

リテール業界の中で起きているのは、世界的なインフレと格差社会の中の貧困。ただ、ある種、新しい貧困層が実は圧倒的な生活者として母集団を形成している中で、その人たちはどのような消費行動をとるのか。悪戦苦闘しながらの経営の中でパーパスにたどり着くのが、米国の現状だと思います。

田中 労働者階級と資本家階級という関係性ではなく、生活を営む生活者とその地域に根差す経営者という軸で見ているのが、非常に興味深いです。

 今の米国では経営者と従業員は近い関係のようです。経営者は、自分たちが投資したものに対してリターンを求めますが、リターンを求めるにしてもお客さまに喜ばれなければならないし、従業員にも働いてもらわないといけない。そのような中で、お客さまや従業員と一体になり、企業の未来をどのように創るのかという議論が必要になる。そのとき「株主を儲けさせるから頑張ろう」と言っても誰にも響きません。地域社会の中で企業の未来を創りだすために「一緒に地域社会をよくしていこう」というパーパスの概念が生まれることは必然に思えます。

田中 経営者という視点から見ると、そうかもしれませんね。株主はどう考えるのでしょう。

 金儲け主義に偏った経営だと、株主も離れますよ。今の時代は、お客さまや従業員と一緒に、新しい企業コミュニティのようなものをどう創るのか、という経営に変わってきています。これまでの経営は経済活動の一択でしたが、今は方向性も多義化。その多義的な経営の方向性に対し、「いいね!」と思うお客さまがつき、「いいね!」と思う従業員がつき、「いいね!」と思う株主がつくという構造体になりつつあると思います。経済価値と社会価値を対立軸に置くよりも、社会価値のひとつとして経済価値がある、と捉えるほうが自然です。

田中 すごく、しっくりきます。株主が株を保有する理由は様々です。当然ながら、短期的な成長を投資の判断基準にする人もいて、そういう人は「事業に株価が見合っていない」「夢の話はいいから利益を生み出せ」と経営陣に求めます。そうした投資家の声に引っ張られて、世の経営者は経済活動のみに注力してしまうのかもしれません。その一方で、既存の稼ぎ方、儲け方だけでは先細りが予想される業界・企業も数多くあります。

そうした中で、どのように企業・事業を成長させていくのかという問いに対して、経済価値を内包する社会価値に目を向けて、社会課題を解決し、地域社会を元気にするという答えにすべてのステークホルダーがたどり着くのに、そう時間はかからないようにも思えます。

経済価値から社会価値へと基準が変わり、
Data Informedによって経営精度を高めていく必要性

 企業が社会課題を解決するには、データ活用は必須であり、大きな役割を果たしますね。

田中 はい、事業推進においてデータ活用は最重要課題です。弊社ギックスが掲げているパーパス「あらゆる判断を、Data-Informedに。」は、企業経営におけるあらゆる判断をデータ “も” 用いて行うことで、企業を、地域を、社会をより良いものにするという思いが込められています。

 米国では、「あなたのパーパスは、本当に経済価値を生むのか?」という問いが常に投げかけられます。パーパスが経済価値を生まないのではなく、あなた方の掲げたパーパスと事業モデルは本当に経済価値を生むのか、という議論が普通になされるのです。そこで重要なのがデータです。「データ=経済価値を生むかどうかのメジャーメント」という概念で、データを捉えているのです。

パーパス経営では、パーパスは社会や人の共感性から生み出され、それに合致する事業モデルを構築する中で、結果的にお客さまにも共感いただき、実際にご購入もいただき、収益が生まれるという事業の構造体が造られていきます。ただ、そこにはひとつの問題があります。長期的投資を続けていく中で、本当に社会や人の共感性から生まれた事業が収益につながるのか、投資家も経営者も不安になってしまうのです。

そこで、データ活用が意味を持ちます。現代のパーパス経営は、デジタルを含めたOMOモデルで構築されることが多く、そのビックデータを分析することで、パーパスを掲げた商品に対するPV数がアップした、「いいね!」数が増加した、パーセプションが上がった、などがメジャーメントできます。右脳的に考えたり共感したりしたものに対して、お客さまの反応データをとり、自分たちの感性やパーパスが社会やお客さまに受け入れられているか、どの程度の事業規模になりそうかなどを判断しながらアジャイルで回す。それが、米国でパーパス経営が成立しつつある本質ではないかと思っています。共感性を起点とする極めて右脳的な経営モデルが、左脳的なデータによりその収益性・経済性が証明され、その両輪で新たな事業体を創っていく。そういうムーブメントが生まれているのです。

田中 売上に至るまでの様々なステージ、ステップに対して、メジャーできる指標をセットしようということですね。テクノロジーが進化した今なら、購買の手前でも様々なデータを取ることが可能となりました。その結果、そうした共感や感性が、経済的価値につながりそうだという合意をするに足るメジャーメントがあれば、右脳的モデル思考と左脳的データ思考が互いに理解し合うことができそうです。

 そうですね。ものがない時代には資本家が投資をし、経営者がものづくりを行う中で、その生産性を測定しながら適正な経営を行い、社会は豊かになっていった。基本的にこの構造は同じです。ただし今は、お金や生産量というわかりやすい価値観ではなく、社会の幸せ、お客さまの幸せ、従業員の幸せという多義的な価値観の中で、企業は何を追うのか、多義的な経営が必要になっています。

その多義的な価値観の中で、経営者は「我々はこの価値観を追い求めて経営します」と宣言して経営しなければならないのですが、こういう方向なら喜ばれる、お客さまが幸せになれるという話と、売れた・売れないという経済価値の両方を、データで測定して説明する必要があり、実際にデジタルとビッグデータによりそれが可能になってきた。それを、米国では「メジャーメント」というキーワードで総括しているのではないでしょうか。

田中 物質的な豊かさを満たすベクトルだけでなく、多様なベクトルが伸びている。追い求める幸せは、必ずしも一種類ではないということですね。そうした多様性に対して、データの量・質ともに増えたことが良い効果を生んでいく、と。途中経過も多角的に追えるし、切り口も多面的に捉えられる。いろいろな考え方を持ったうえで、経済的価値だけではない「価値」を個々人が求めていく世界になっていくのだなと理解しました。

▲米国のグローサリーショップ視察で、弊社代表・金が感じた米国の現状をまとめたもの。下2つは、日本のDXの焦点になっているが、「米国では、もはやDXは当たり前。さらにその上、パーパスやライフスタイル、エンターテインメントでの奪い合いが熾烈になりつつある」

 これは、僕が作成した図解なのですが、お得、便利、顧客体験の3つは定量化しやすくマネタイズしやすいのですが、もはやDXの進化に伴いどの企業でもたどり着けるため勝負ポイントにはなり得ません。

今後の企業経営の焦点は、顧客体験を通じて提供される「意義・価値観への共感」や「楽しさ・ライフスタイルの提供」にあると思われ、生活の中で自分たちのアプリやサービスをどの程度利用してくれているか、というタイムシェアや、どこまで我々のブランドを好きでいてくれるか、というマインドシェアの計測が求められます。「いいね」の数やアプリの滞在時間をトラックしながら、パーパスやデザイン、クリエイティブといった右脳的に考えたものを正しく評価し、アジャイルを回しながら経営精度をあげていく。それが現代の経営に求められていることではないでしょうか。

田中 データ量が増え、より高度なデータ分析が、そもそも今まで見えていなかった「意義・価値観」や「楽しさ・ライフスタイル」をデータで可視化してくれるようになった。それこそがデータの価値である、ということをおっしゃっていますよね。

 はい。そのとおりです。お客さまサービスの焦点が「お得」から「便利」になり、そして「顧客体験」へと変わってきましたが、その競争も行きついてしまった今、次に来るのは「ライフスタイル」や「パーパス」における価値観、右脳的なもの、クリエイティブなもの、共感性のあるものが、これからの顧客価値競争の焦点になるはずです。

一方で、市場を見ると、インフレによって生活が苦しくなったり、やらされ感で仕事をしている人も多かったりする。そのような社会を変え、皆がハッピーになれるコミュニティを創ること。それを叶えることがパーパス経営であるとするならば、パーパス経営はより身近なものになっていると思います。

デジタル過当競争の時代に突入し、LTVの判断にはタイムシェアとマインドシェアの指標が必要不可欠

田中 採用面接などを通じて大学生と会話をする機会があるのですが、まさに、彼らも信頼や感動といった社会価値に通じる言葉を多用します。「いつか起業するなら信頼や感動を提供するようになりたい」とか。その一方で、信頼や感動は数値化しにくいので、マネタイズは難しいんじゃないか、というところで彼らも悩んでいました。ですが、これまでの議論からすると、信頼や感動といった形のないものもデータを使ってメジャーすることができそうですよね。

 米国でも、若い世代のほうがサステナブルやダイバーシティへの感性が高く、そういうものを目指している会社を志望する人が多いようです。ソーシャルが当たり前の中で右脳的なもの、感覚的なものがあふれている環境において、新しい仕事の選び方が生まれているようです。

田中 なるほど。そういう若い世代が消費者であり、従業員である世界においては、集客することも従業員を集めて組織を維持することも、パーパスがないと成立しないということになりますね。

 テレビの世界では、視聴率が登場したことでクリエイティブとしての番組やCMが肯定されたじゃないですか。それと同じように、タイムシェアとマインドシェアの指標の登場によって、おそらく右脳的・共感的なパーパス経営というものも肯定されるでしょう。そして、マーケティングのあり方も変わっていくと思うのです。

田中 スマホのアプリで本来、顧客体験を計測する場合、アプリの起動時間や起動回数を見に行くケースが多いように思います。ですが、本来は顧客行動の詳細を追いかけるよりも、「楽しい」と感じてくれているかという上位概念を計測すべきなのでしょうね。例えば、スマートフォンに1日の使用時間が表示されますが、18時間スマートフォンを見ていたとして、そのうち6時間はこんなに楽しいことに使っていた、ということを計測すべきですよね。見方を変えると、世界観も変わりそうです。

 すでにデジタル接点の過当競争は始まっていて、次の時代の勝負ポイントは次の4つになると思います。
1・パーパスに共感するか
2・独自性やパーソナル性のある商品があるか
3・リアルを組み合わせたOMO体験がいいか
4・それらをドライブする社員の熱量がいいか

2年前ぐらいに、日本経済新聞に掲載された「社員インフルエンサー、消費者との絆2倍」は、今でも強く印象に残っています。その内容は、社員インフルエンサーのSNSに対するコメント数は、広告としてインフルエンスする芸能人の2倍にもなる、というもの。特に、アパレルやコスメ業界でこの傾向が顕著ということでした。アパレルやコスメ業界は他業界と比べて従業員の給与水準が高いわけではないけれど、そのブランドやその商品が好きだからという志望理由で入社した店員がインフルエンスしている。そして、店舗に行くとそのインフルエンサーに会え、そのアパレルやコスメがいかに楽しいか、心からおしゃべりしてくれる、という体験なのだと思います。そのような状況の中、某アパレルで何が起こったかと言うとアパレル店員の給与が約1.5倍になったそうです。店員のタナカさんとファッションの話をするのが好きというお客さまが、タナカさんが出社する日を狙って店舗に行き、普段なら1万円程度しか使わないのに、タナカさんとおしゃべりしながらお買い物をすると10万円も購入するのですよ、という話を聞きました。

私は「なるほどな」と思ったのです。このような現象が起こっている時、タナカさんは、ただの従業員なのでしょうか。Z世代向けのアパレルでは、顕著にこの現象が現れやすいとも聞きました。もはや、お客さまはその企業の商品だけでなく、タナカさんに会うという体験そのものにお金を払っている。即ち、パーパス→従業員→インフルエンス→お客さまという好循環があり、その中でLTVが生まれてくる。そのLTV向上のポイントは、“そのブランドが好き”、“そして一緒に好きをおしゃべりしてくれることに対するタイムシェアとマインドシェア”であり、それをデータで証明すべきと米国では議論されているのです。

田中 販売の現場でも、データの使い方は変化していますね。今までは、このお客さまは前回この商品を買ったので、次回はそれに合うものを提案しよう、という風な連続的な考え方に基づいていました。あるいは、シーズナル商品を提案する、といった周期を読み解くような提案です。こうした観点では、店員は顧客とのコミュニケーション接点としての役割を担います。そしてデータは、あくまでも「その時点で、買いそうな商品」を最適に提案するために用いられます。しかし、今回のお話は、店員という人格を「いち個人としてのパーソナリティ」と捉え、「その人にしかできない何か、 その人が及ぼしている影響を可視化する」ということにデータを使うみちがあるんじゃないか、ということですよね。

つまり、売上を中心に据えて効率よく店舗オペレーションを回すことだけを優先するのではなく、その人・その店員が実際に成しえていること、価値貢献していることをデータで可視化し、その人が持つ求心力・魅力を客観的に正しく評価しながら事業運営をしようということですよね。

 そこがまさに、Data Informedのパワーの一つですよね。ユーチューバーは、視聴数をすべてトラッキングして常に番組の改善に活用していますが、アパレル店員でも同様のことが起こっています。一例として、この方にこういう対応をしたら来店回数が減ってしまったというようなデータが、店員に戻るようになっているのです。すると、自身の接客はこのようにすべきだと店員自身が考えるわけです。そういう人たちを集めれば利益は必然的にあがりますが、いかにそのように自立して接客方法を改善したり、創造力を発揮したりする人を従業員として集めるか。そのために会社はパーパスを掲げる必要があります。米国は、それを重視しているのです。

データをフル活用することで右脳的共感性の発揮ができる経営形態を構築できる

 化粧品販売の某リテールでは、スタッフが店長になる前に辞めてしまうことが課題だったそうです。その理由は、「コスメが大好きなお客さまや同僚とコスメについて話すのが楽しいから働こうと思ったのに、店長になると売上という責任を背負わされてしまう。コスメ好きの仲間に、“売上を考えて働いて”とか“シフトがどう”とか、そういうことを言わなければならなくなる。だから、店長になりたくない」と。売上、利益だけを求める構造が従業員への求心力発揮に役立たなくなってきた時、コスメ愛のある店長が求める共感的なものをデータでトラッキングできれば、彼女たちの右脳共感的な店舗運営方法をデータで肯定してあげられるのではないでしょうか。

逆に言うと、感覚的なものだけでは儲けにつながらないことも、データによって可視化することもできます。そうやって感覚だけでもダメなのだな、でも感覚もなきゃダメなのだな、とあれこれ軌道修正しながら進んでいけば、いずれ店長がハッピーに働ける労働環境と一定の収益力を両立する店舗運営方法が見え、それを支えるパーパスも見えてくるはずなのです。

田中 「楽しい」とか「おもしろい」とかいった、明確には言語化されていない感覚が原動力になっているのでしょうね。そのベクトルが、ビジネスの拡大と同じ方向に向いている前提で、さらに楽しい、もっと面白いということを見出して、彼ら、彼女ら自身の感覚の中でどんどんアップデートされていく。そうすることで、自分の感覚にピッタリ合う世界を作れると、自発的に自立的により楽しいビジネスを運営できるようになる。経営側からはそれを支援できるようなデータの与え方、データの見せ方をしてあげることで、現場の皆さんが「楽しさ」「おもしろさ」にドライブされながら、自発的、自律的にビジネスを大きくしていける。店長が「管理者」という役割から解き放たれて、「自分の見えている世界をより楽しく、面白くする人」という位置付けになっていく未来が描けそうです。

 そういう意味で、データは2つの機能を持っていますね。1つは、前回対談で述べたように、いち従業員の今日の行動の良さをデータで証明し、それを全社に公開することで共通認識として捉えることができるという「現場と経営の共通認識化」の機能。データを共通言語として、各現場で行われていることを、従業員・店長・管理職・役員・社長などの各レイヤーにフィードバックされることで、各自が何を考えているのか即時に共通認識となり、お互いに連携した経営の形を作り出していけます。

もう1つは、先に述べた店長や社員インフルエンサーのような働き方についてエンパワーしていく機能。それにより、従業員は自分たちが直接お客さまや経営につながり、パーパス経営を体現すると同時に、いかに収益に貢献していくのか、ということを自分なりに考えていけるようになります。そして、その一人一人の前進が、現場の改善力を生み出し、企業がアジャイル的な成長を遂げていく原動力になります。

田中 企業体である以上、資本主義に組み込まれている事実からは逃れられません。継続的に、売上をあげ、利益を出し続けなければならないというのは大命題です。しかし、それを理解した上で、さらに先に進むためには「パーパス」が必要だということですね。

 我々が言っているサステナブルというのは顧客価値を作り、顧客がその価値に対する対価としてお金を払う形態です。「その取り組みは、素晴らしい。僕にメリットはないけれど、社会的な取り組みに対してスポンサードする」というのが、基本的にはNPOなどの非営利団体への寄付の構造だとすると、株式会社は営利組織として顧客価値を創出し、従業員にも給料を払いながら、経済を成立させています。ややこしいのは、顧客価値自体に社会的理念が含まれるようになってきたことだと思います。そういう時代にどうやってサバイブするのか、それが経営のテーマになった時に、右脳的共感性の発揮と株主へのデータでの説明責任、両方を果たさなければなりません。

田中 右脳的に考えるためにインプットしてデータを使うというケースもあれば、右脳的に考えたものが世の中に響いているかを計測する場合にデータを使う、というケースもあります。後者の場合、その結果によってABテストなどを行ってフィードバックし、そのデザインがデータによって高度になることもあります。

ゼロベースでデザインすることを僕の著書ではそれを「仮説」としています。初期仮説を作るためのデータと、仮説をより良いものに変えるためのデータは微妙に違うと思っているのですが、これをどう捉えればいいと思われますか?

 AIの発達とともに、近い将来データに基づいた正しい判断は、人間を凌駕するでしょう。その時、データや統計解析だけでは分からないところに、こういうことをやるべきというKKDをうまくブレンドできる人が、次代の企業の覇者になるのだと思います。

要は、ChatGPTを使うけれど、最終的な意思決定は自分でする。未来の新しい事業クリエイターやUXデザイナーは左脳的な部分はデータからインプットをもらいつつ、デザインを練ったりマーケティング施策を考えたりする役割は、自分の頭で行うことになるでしょう。これまで右脳と左脳を分けて考えてきたけれど、それを分けることなく自然に連携して使いこなせる人こそが、これから求められる人ではないでしょうか。

田中 僕の著書では、データ人材とビジネス人材に分けていましたが、データ人材とデザイン人材に分けて考えるのでしょうか。

 Data Artistとでも言うのかな。その原型がユーチューバーやボカロPかもしれないですね。YOASOBIさんやヒカキンさんのヒットを見ていて、今後はData Informed型クリエイターが市場を席巻していくのかな、と思っています。

田中 以前、Data Scientistと対になる概念として、Data Artistという呼称をギックスから提唱したこともあったんですよ。残念ながら全く浸透させられませんでしたが、もしかしたら、今ならもう少しうまく伝えられるかもしれません。どんどん世の中のデータ量が増え、データ処理の技術も高度化してきました。それに伴ってUIも高度化し続けています。

そうなると、自身のことを「デザイン」側だと思っていた人でも頑張ってデータの世界に踏み込む必要が増してきます。データを理解して、データに基づいたデザインをすることも必要ですし、データを上手く取得するためのデザインも求められます。一方、データ側の人材も、UXの重要性に気づいて、デザインに近い領域に踏み込んできつつある。これから先は、ビジネス視点、デザイン視点、データ視点、多様な視点を持った様々な職種の方が色々なプロセスの中で、Data Informedされていく世界は理想的だなと思います。

 ビジネスゴールを考え、アイデアを生み出し、施策をデザインし、データで検証し、改めてビジネスにフィードバックする。どこから入ろうが、このプロセスがグルグル回ることで、ビジネスというものが成立していくと思っています。ただし、いずれにせよ、すべての観点において整合性がないと事業としては成立しません。デザイン思考はアイデアを具現化することには強いが、問題は複雑な検証。一方、ビジネス思考やデータ思考の弱みは共感性の発揮やアイディエーションです。

田中 ビジネス運営において、デザインは客観的なデータと組み合わせることで価値が出ると思います。デザインは主観的で、データは客観的だから、それらを組み合わせることで、より大きな価値が生まれる。右脳と左脳の融合というと使い古された表現に聞こえますけれど、データを使うことで、パーパスも計測可能になってきたという今回のお話は、新しい時代の流れを指し示している思います。

ミッションやビジョン、バリューという3つの要素がパーパスによって一貫性を持つことができる

田中 ビジネスにおいて、デザインは再現性という役割を担うのだと思います。そして、データはその再現性を強化するものです。データによって、ビジネスの再現性が高まります。反対に、デザインをデータによって強化することも可能だろうと思うんですよね。データとデザインは、同じベクトルの表裏のような関係ですから。そう考えると、デザインによってビジネスが強化されるのも至極当然のお話ですよね。

 そのデザインという概念を、単純にプロダクトデザインといったものに再現されるというのではなく、ビジネスとしてちゃんと儲かるという再現性が発揮されるべき。そのためには、データをヒントにしながらデザインしていくことが重要。主観だけれど他人に認めてもらえればそれが広がり、いろいろな人に再現してもらいたいと思っている。そのためには、デザインの世界もデータを上手く使いこなす、ということですね。

田中 それが、今求められている世界なんですよね。今まではビジネス側からそのままデータに来て、ストラテジーへとつながっていました。今後は、デザイン的なところにも踏み込むことになるでしょうから、僕らがデザインとデータを紐付けているのは間違っていないぞ、と再認識しました。

 先述のリテール企業様ですが、パーパスを定義することで、ショップの店員から店長、MD、本社の経営企画までクリエイティブになったらしいのです。こうしたらいいのでは? というアイデアが出るようになった。パーパスは、データ分析とかけあわせて運用すると、マネタイズ以外のものも与えてくれるのです。

田中 パーパスは、すべてのレイヤーの視座をあげることができるのだと思いますね。バラバラの視座を一気に、共通のものにすることができる。真ん中に芯を通して、ベクトルを揃えることができます。

 今までの世界は、職種ごとに機能が分解され、仕事が歯車化しているように思います。経営企画の人、ショップでオペレーションをする人というように分けられ、結果、全部バラバラになって繋がらないから新しい事業はそもそもクリエイトされない。自分たちがやっているパーパスはこれなのだからと俯瞰するとともに、自らの専門性を自らの職場でパーパスを意識しながら発揮するという構造体を作るべきなのでしょう。

田中 パーパスは、判断軸の共通化。すべての物事において「パーパスにミートしてない場合は、やるべきじゃないよね」という風に話すことができます。反対に、今の事業から大きく離れているようなことでも、パーパスにミートしていれば「やるべきだ」という判断になります。一つひとつの事象に対する判断基準を作るのではなく、パーパスという大きな判断軸に沿って意思決定が可能になるのだと思います。

 これまでも企業は、ミッションやビジョン、バリューを定義することで同じことをやっていたと思うのですが、それが現場の事業実態につながっていなかったことも多いと思います。しかし中身は変わらないけれど、 パーパスとデータ分析をかけ合わせた結果、その3つの要素が現場的にも意味を持ち、ビジョン・ミッション・バリューと、現場の事業運営のつながりが良くなった。データのおかげで、パーパスを追い求めやすくなったとも言えます。そしてタイムシェアやマインドシェアをトラッキングできるデータ分析手法も高度化してきました。この潮流は、米国だけでなく、今後の日本社会も大きく変えていくことになるでしょう。

さいごに

 2回に分けての座談会を通じ、データ分析の必要性と大いなる可能性について理解いただけたでしょうか。2回目の座談会のポイントは以下です。

1・経済価値から社会価値へと価値基準が変化
生産型資本主義が限界を迎えるなか、今後は社会的価値を追求することが求められる。そして、企業経営に求められるのは社会課題を解決するというパーパスを根幹に据えること。社会、地域、そして従業員にも共感を得られる企業の在り方こそが、未来をつくることになる。

2・データに基づいた共通認識が経営の基盤
右脳的共感的な視点から創造された事業を数値化し、営利事業として成立させるにはData Informedの考え方が重要。すべてのレイヤーにおける共通の判断軸にもなり、市場が求めているものを的確に捉えることにもなる。結果、意思決定のBPRを向上させ、経営精度をあげていくことにつながる。


米国ではすでに、パーパスに基づいた経営変革が主論となっています。現在の日本のDXは数値化できるものに終始し、経営思想的な変革では米国には大きく水をあけられている状態です。今こそ、データ活用をフル稼働させ、市場が求めている社会価値を事業へとフィードバックさせ、次のステージへと進む時。変わりゆく社会に相対し、皆でビジネスを未来へと進められれば、と思います。

取材・文・編集/河田裕美子(株式会社NODE) 撮影/山﨑美津留

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