株式会社ベストインクラスプロデューサーズ 代表取締役社長
菅 恭一氏
株式会社NODE 代表取締役社長
金 均
金 均(以下、金) アメリカで急拡大したことで注目されたD2C企業の代表格であるフィットネスブランドのPeloton(ペロトン)の創業が2012年で、寝具ブランドのCasper(キャスパー)が2014年なので、それぞれすでに10年近くも経っているんですね。
菅 恭一氏(以下、菅) そうですね。メガネブランドのWarby Parker(ワービーパーカー)は2010年に創業。しかし、昨年の決算報告でD2C企業の収益を追うと、ほとんどのブランドが赤字という身も蓋もないことが起きましたよね。
金 起きましたね。これを受けて、日本のメーカー系の企業の方々も、みなさん困っていらっしゃいます。
菅 そうですね。アメリカの成功を受けて、徐々にD2Cにシフトしはじめていた企業からすると、「え、これどうしたらいいの」と、なりますよね。このタイミングで、アメリカでは経営者が創業者からMBA型の経営者にどんどん代わっていってしまいました。
金 経営者交代の意味や本質って、どのあたりになるのでしょう?
菅 いろいろな理由があると思うのですが、やはり成長ステージが変わったんでしょう。0から1が創れる人と、1から10にする経営能力は別物なんですよね。
ただ、そのブランドが描いている成長ストーリーによっては、別に規模が小さいままでもよいと思うんです。すごく愛してくれるお客さんがいて、収益が満たせていれば幸せじゃないですか。だけど、理念が大きいとアクセルを踏み過ぎてしまう。
特に、多くのD2Cがこのコロナの影響を大きく受けたと思います。一番大きかったのが、店舗戦略じゃないでしょうか。店舗を出しすぎたということですね。時代の影響もあり、回収できない。そこの経営戦略の甘さと、立て直しの難しさゆえに経営交代に至ったのだと思います。
金 多くのD2C企業は、創業者の強烈な原体験をもとに創業され、ソーシャルネットワークを通じてスティッキーなブランドに惹かれた人たちが買って火が付いたのが始まり。そのことによって、2つの問題が生まれたと思うんです。
たとえばCasperでいうと、他のベッドよりなぜCasperのベッドがいいのか、そのブランド価値は、創業者の強烈な思いやコミュニケーション、体験を通じて生み出されたのだと思います。会社が大きくなっていくと、それを浸透させていくのは対コンシューマー的にも、対社員的にも難しかったということが1つ。
あとは、小規模のときにはデジタルなのでコストが極めて安かった。しかし事業拡大していくとなると店舗が必要だと。店舗はブランドコミュニケーションの要でもあるけれど、その店舗を全米中に展開するとなると、デジタルで展開するより圧倒的にコストがかかる。そうなった時に、そのコストパワーに勝てなくなったことがもう1つ。
なので、パーパスドリブンで、コミュニケーションの相手がデジタルネイティブをメインとして、店舗が付随的にある分には成立したけれど、事業拡大により販売網が店舗メインになり、デジタルがそのサポートになった時、いわゆる巨大メーカーが作ってきたビジネスモデルと変わらなくなった。そして、独自に戦えなくなった。
菅 そういう「鶏が先か、卵が先か」みたいな感じはすごくありますよね。例えば、Casperはまだ自社店舗とリテールへの卸も含めて販売店舗を増やしています。
金 先日ロサンゼルスの路面店に行きました。ショッピングモールにも今、入り始めていますね。
菅 実際に寝てみないとわからない商材だから、ある程度体験できる場所は必要なのかなとは思います。
金 そうですね。
金 D2Cをどうやってマネタイズするかが本日のテーマですが、結論「マネタイズするためにはリテールに流す」結局それしかソリューションがないのではないかと私は思っています。
菅 でもCasperの枕みたいになってしまうことは懸念しています。リテールのTargetに卸したら、棚の端っこに雑然とゴロンと置かれてしまって、ブランド価値も何もなくなってしまった。
D2Cで生まれたプロダクトって、機能やサービスは良いけれど、デザインはシンプルに作っていたりするから、Casperの枕も一見するとただの白い枕。それが普通のスーパーの棚にボンと置かれてしまうと、すでに持っている人もちょっとガッカリしてしまいますよね。
百貨店のMacy's(メーシーズ)やNordstrom(ノードストローム)にも卸していて、Macy'sは最上フロアがベッドフロアなんですけど、高級マットレスの横にCasperが置いてあって、見比べるとしょぼく見えてしまうんですよ。また、店舗スタッフにCasperのマットレスはどうか?と聞くと「so so」と答えて、Macy’sオリジナルのマットレスの方を薦めてきます。
金 そういうことですよね。
菅 コスメブランドのGlossier(グロッシアー)と化粧品や香水を扱う専門店であるSephora(セフォラ)の話でいうと、パートナーシップを組む前に、Sephoraのサイト内でのブランド検索のクエリの1位がすでにGlossierだったんだそうです。まだ売っていないのに、検索される状態になっていた。
なので、意義価値、体験価値が消費者に支持されているGlossierというブランドをSephoraが欲しかった。だから、「うちの棚に置かせてあげるよ」ではなくて「うちで売ってくれ」と、ブランドを大切にするリテーラーとブランドとのパートナーシップが成立したんだと思います。
それがない中で卸してしまうと、枕をゴローンと置かれてしまうようなひどいことになってしまう。
金 GlossierとSephoraのパートナーシップの本質はそこにあると思っています。
結局、Sephoraが大事にしているのは、お客様にコスメを楽しんでもらうこと。そこに向けて、Sephoraのブライベートブランド(PB)もあるし、一般的な商品もあるし、という構造体になっている。ゴールが「コスメをもっと楽しもう」という世界観なんですよね。
Sephoraはリテーラーだけど、PB化している意味ではメーカーじゃないですか。ある意味、Glossierと競合なんだと思います。Glossierはデジタルで始まったメーカーですが、店舗も作っているから小売もある。そして、Glossierも「可愛いコスメを提供したい」とか、「肌にいいコスメ、自然にもいいコスメを提供したい」という世界観を持っている。結局、同じに見えるんですよ。
金 要は、リテーラーがPBを作ってメーカー化していく世界と、メーカーがD2C化して店舗を作っていく世界はほぼ一致する。ビジネスの比重が、“メーカー寄りか、リテーラー寄りか”の違いはあるけれども、本質的に同じビジネスモデルなんですよね。
その中で今回の結果は、ユーザーにとってはSephoraでGlossierが買えるようになってハッピーだし、SephoraからするとGlossierも展開できるようになったのでハッピーだった。さらにGlossierにとっても、コスメをもっと楽しくしていく世界をSephoraと一緒により安定して広げられるという意味で、すごくハッピーな良いパートナーシップ。
Sephora自体に、もともと新興ブランドを応援しようというスタンスもありますし。
菅 そう、ネクストブランドもたくさん並べて応援しています。そのためのポップアップの棚を丁寧に作ったりもしているから、単純な大量販売のリテールというよりは、コスメを楽しむとか、自分に合ったものは必ず見つかるとか、そういう理念に基づいてやっている。だから合うんじゃないですか。
金 結局、店舗に並んでいる商品が面白くないとユーザーが買いに来ないから、リテーラーもやっぱりエンドユーザーが喜ぶ商品を陳列したいですし、できれば、ブランドストーリーがある面白い商品をいっぱい並べたい。
SephoraはGlossierを、かなりリスペクトしているんじゃないかな。そういうものを作り出せるパワーみたいなところを。
金 もともとの経営思想が一緒で、ブランドづくりがうまい人と、お客様にそれをお伝えするのがうまい人たちが融合していく過程として、ハッピーな事例だというのが僕の見解です。
そういうD2Cと相性のいいリテール、コスト訴求ではなく、ブランドが大事にしているものを一緒に育んでくれるリテールと組むのが、D2C企業にとって良いと思うんです。
日本でいうと、本当は百貨店なんでしょうけどね。あとは、ナチュラルローソンとか。
菅 そうですよね。KINOKUNIYAとかも、すごく相性いいですよね。D2C発のブランドは、そういうところを選んで組んだらいいんじゃないかな。
金 なので、「店舗」での体験価値をメインに語り始めるとおかしくなってしまうというのが僕の抱いている問題意識です。
商品の販売がゴールではなく、「お客さまにこんな風に楽しんでほしい」「社会をこんな風に良くしたい」という思いがあって、購入後にどんなサービスや体験価値があるのかが大事なんじゃないか、それをユーザやパートナー企業と共有できるかが重要なんだ、と僕は思うんです。
菅 それでいうと、事業ブランドや商品が生まれてきたというところにはストーリーがあるわけじゃないですか。
例えばアパレルブランドのEverlane(エバーレーン)は、いわゆるファストファッションに対してカウンターを当てるブランドですよね。大量生産、大量消費、大量廃棄、労働搾取みたいなことに対して、自分たちはカウンターを当てるブランドである。だから、エシカルな取り組みをしている工場としか契約をしないし、サステナブルなものしか作らない。輸送コストや原料費を全部お客さんに開示して、自分たちがいくら儲かっているのかも開示している。
そうやって生まれてきたものに対して、消費者も意義価値を感じて、お金を払っていく。
菅 ファストファッションだったら、その手前のストーリーを気にしないで買いますよね。だから、ブランドによっては、購入後の体験価値だけではなく、手前のプロセスに対しての共感や意義価値にもお金を払っている。
金 今までは、商品の販売がど真ん中にあって、意義と体験をちょっとずつ付加しておけばうまく売れるはず、みたいなところがあった。でもD2Cではそれではダメで、「意義と体験こそが本質で、我々は意義と体験をお金にするのだ」くらいの強い意志を持って、お客さんがなぜそれにコストを払うのかというのを考えて事業開発をしないと絶対に収益化しないぞ、と。
そもそも、商品は今まではスーパーやコンビニ、百貨店などの流通を通して売っていた。そして、メーカーとリテーラーが分業して、良いものをより安く日本中、そして世界中に流通して売るというのが、今まで作り上げた最もコスト効率の良いビジネスモデルなんだと思うんですよ。
僕は、従来のマスコミュニケーションを使って、商品価値を高めてコストパフォーマンスよく広く流通していくビジネスモデルについてもリスペクトしています。本当によくできたモデルだと思います。
菅 そう思います。それによってみんなの生活水準が上がったわけですし。
金 そして、これをメーカー側から捉えると、わざわざ自社店舗を作らずとも、日本中、世界中にある流通網を通じて、商品の良さに価格競争力を乗っけて売ることができた。
一方でD2Cは、そこにあえて自社店舗を作りに行くわけだから、価格競争力でD2Cは勝てるわけがない。
社会としても一番生産性が高い仕組みだからそうなっているのに、そこにわざわざ自社店舗を作りに行くんですから。
その自社店舗を作ったコスト負担を誰がするのかというと、最終的には消費者がするわけだけど、消費者からすると何が嬉しいんだ、と。そういう戦いになるんです。
だからこそ、そのコストの増加分とあわせて、より大きな顧客価値の増加が必要になると思うんです。そして、その価値増加の焦点は、おそらく体験価値と意義価値になるんだろうな、と考えています。
金 一方でメーカーさんとお話をすると、D2Cにすることで顧客データが欲しいと言われることもありますが、それは目的が違うな、と。
生活者にもっと新しい価値創造をしたいのであれば、その価値に対していくらの価格設定をするかという議論になるけれど、顧客データが欲しいがためのD2Cだとモデルが成立しないと思うんです。
金 ところで単刀直入に、菅さんから見ると、D2Cって何でしょう。
菅 D2Cはシンプルに言うとビジネスモデルですね。要するに、製造直販。メーカーがお客さんと直接繋がり、物を売るビジネスモデル。だから、D2Cがうまくいくかどうかではなくて、どういうD2Cがうまくいくかの話をしなきゃいけない。
DNVB(Digitally Native Vertical Brand)って、ありますよね。これはD2Cの中のブランドのあり方で、自覚的に行っているブランドは一定の成長には乗る。単純にD2Cの仕組みだけ作ってもうまくいかないですよね、だってD2Cはただのビジネスモデルだから。
金 そういうことですよね。
菅 アメリカのDNVBの好例でいうと、先ほども話に出たCasper(キャスパー)や、Glossier(グロッシアー)、Everlane(エバーレーン)など、ですね。すごく強い価値観、理念を持っている会社です。パーパスですね。高次の理念。
世の中のどういう問題を解決するために自分たちが存在しているのか。そういった価値観や理念に共感した人たちで一定のコミュニティができて、そこがパイプになって商品が売れるし、顧客とブランドの信頼関係でブランドもアップデートされていく。そのサイクルがあるのがDNVBで、アメリカのD2Cブランドの成功事例はこれです。D2Cという言葉はそこまでを定義していません。
金 なるほど。
菅 だからD2Cで捉えちゃうと、たぶんダメなんですよ。DNVBという捉え方をしないといけない。
国内の好事例でいうと、2018年にミツカンが立ち上げた『ZENB』というブランドがあります。野菜、豆、穀物などの素材を可能な限りまるごと使い、濃厚なおいしさも栄養も、まるごといただくというコンセプトで、豆100%のヌードルや、スープなどを販売しています。
素晴らしいのは、最初から独自の成長戦略をとれるように別会社にしているんですよね。ビジネスモデルが違いますからPLも分けて。また、最初からグローバル戦略を掲げてやっています。
金 最初から分けてやる。経営の考え方も違うし、事業モデルやコストモデルも全然違うので、経営を分けるということですよね。
菅 デジタルプラットフォームだとグローバルで売れますし、シェアが小さくても規模が大きくなる。そうすると、大企業もチャレンジする意義がある。
成長したら親会社が買ってあげるよ、というP&Gモデルも良いですよね。成長したら、既存のリテールに流してあげるよ、とかでも良いと思います。
ですが、まずはD2Cの規模感の中で、ちゃんとブランド化しないとその先は絶対にない。
金 そういう意味だと、ステージが2つある。
1つ目の創業ステージでやるべきことは、意義価値と体験価値を真剣に考えて、収益化する商品を生み出す。意義価値、体験価値をベースに事業化する。つまり、DNVBを作る。
2つ目のステージは、それを流通に乗せるということ。意義価値、体験価値を一緒に作ってくれるリテーラーさんと一緒に販売していくというモデルですよね。デジタルにこだわらず、流通にも卸していくんだけど、無造作に流すんじゃなくて、売り方も含めてちゃんと流通を選ぶことが大切ですね。
菅 ここまでの話を振り返ると、今までの大企業型ビジネスモデルの延長線上でD2Cモデルを作るのは無理なんじゃないかと思うんです。
日本企業がなかなかうまくいかないのって、組織の問題があると思います。既存の組織づくりの価値観の中でD2Cをやろうとしても、うまくいかない。D2Cというビジネスモデルを製造直販とだけ捉えてやろうとするのは間違っていて。やっぱりDNVBとして最初の0から1のところを行える、カリスマ性のある事業担当者なり創業者なりの意識が大事です。
金 ものすごく大事ですよね。意義を伝達する人ですもんね。
菅 それを後から「それはインフルエンサーに」と、外部のインフルエンサーにやらせても、全然だめです。話にならない。
金 ではどこの部門で扱うのかの議論でいくと、3段階ぐらいあると思います。
まず、デジタルマーケティング部門がD2Cやりますとか言うじゃないですか。これとても苦しいですよね。マーケティングだけを変えても、事業構造は変わらないので。
次が、新規事業部門でやりますと。これはもうちょっとまともです。でも、大企業の中で小さなD2C部門を作っても、あまり日の目を見なくて評価もされません。担当者はだんだん気持ちが離れていってしまうんですよ。だから、これもうまくいかない。
最後の段階にあるのが、経営企画や事業企画があいまってコンポレートベンチャーキャピタルを作る。そこから社内公募でもいいし、社外スタートアップを入れてもいいし、創業者を募っていく形。P&GがD2Cを始めた時にコンポレートベンチャーキャピタル創業をすごく強化したじゃないですか。そんなイメージです。
菅 D2C分野よりだいぶ前ですが、ポーラから新規事業でオルビスが出てきたところに、ホールディングスがお金を出して、別会社でやるということになりましたが、そういう形がいいですよね。
D2Cってスタートアップさせなきゃいけないんですけど、大手企業が社内でやるとなると、他の部署と同じ決裁システムや人事、評価、目標管理になる。経営者が自らリスクも取って資金調達して意思決定しながらスピード感を持って成長させていくスタートアップと比較すると、硬直化するに決まっています。
金 なるほど。やはり、子会社を作るというのはひとつ、良い方法のように思えます。そちら側は10億円とか50億円とかそのくらいの売上規模でも、お客様と直接つながっているよと。1兆円のメーカーに比べると、小さな事業かもしれないけれど、そこで多元化していくお客様のニーズが捉えられるわけじゃないですか。それを本体側にフィードバックしてっていうのが、要はP&Gが目指しているモデルなんだと思います。
金 本日の結論ですが、議論で見えてきたことは、みんな手法にとらわれすぎだということですね。
D2Cはビジネスモデルのひとつでしかないし、大事なのはDNVBで、意義価値・体験価値のある商品をどう生んでいくか。
D2Cで小さく育てて、軌道に乗ってきた際にリテールに流すとしても、そのブランド価値を共感してもらえる組み方をしないといけない。店舗もリテールメディアも、コミュニケーションチャネルとして捉えて選択し、活用していくことが重要だというところでしょうか。
菅 加えて、それを大企業で実現するには、やはり別会社としてスタートさせることを私は強くおすすめします。
金 そうですね。本日はありがとうございました。
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