Column - コラム

これからの企業や商品ブランドを考える【後編】

不確実な時代のサービス創造。「応援したくなる」ものが人を集める

日本コカ・コーラ社マーケティング本部副社長を経て、現在はアメリカのビジネスの最新の知見を活用した企業コンサルティングを行う射場 瞬さんが、今年6月に出版した『嵐に学ぶ マーケティングの本質』。

この本からヒントを得て、これからの企業や商品ブランドを考える本コラムシリーズ第2弾の後編は、前編の鼎談を踏まえ、電通デジタル執行役員の八木さんとNODE代表の金とが、「パーパス・ドリブン」な企業やサービス創造についてさらに対話を深めた模様をお届けする。

これからは、「推奨する」から「応援する」へ。人間の持つ思いが伝播する、パーパス・ドリブンな企業と顧客との新しいネットワークのあり方を問う。

嵐が時代を先駆けていたのは、パーパス・ドリブンだったから

八木 克全(以下、八木) 場としての嵐がまず生まれて、その中で嵐の5人が試行錯誤していくことに共感するファンのムーブメントが生まれた。先日の射場さんのお話は、「嵐は場である」というお話であるとも思ったんですよ。

金均(以下、金) わかります。端的に言えば、その場で自走する商品であり、その試行錯誤する商品自体を眺めたり、一緒になって試行錯誤したりするファンとのエコシステムですよね。そして「This is 嵐」には、仲間を大事にする生き方のスタイルのようなものが含まれていて、そのスタイル自体にも共感がされている。

八木 はい。それで、コラム第1回で語られていたように、僕も嵐ファンクラブは「Nike Run Club」だなと思ったんです。エア・ジョーダンをコレクションするというのが金さんや僕らの時代のNIKEだったじゃないですか。でも今のNIKEのシューズは飾るためではなく、走るためにある。手助けしてくれる友達やトレーナーと一緒になって、自発的に走る。その体験が生まれる場が「Nike Run Club」。

▲エア・ジョーダン(Air Jordan)はNBAプレイヤーで、バスケットボールの神様と呼ばれたマイケル・ジョーダンとNIKEがコラボレーションして生まれたシリーズ。1990年代初頭、あまりの人気から入手困難となった

 今のNIKEは、「何をやりたい?」と言いながら、行動することを応援する場をつくっていますよね。じゃあスター選手が不要かと言えばそうではないのだけれど、今はそのスターも、「自身が行動したり思ったりすることを応援する存在」に位置づけられている。まずは自分自身がどうしたいかが問われていて、それに対して、「俺もやっている、おまえもやらないか」と。

八木 「Just Do It.」ですよ。

 そうそう。要は、パーパス(存在意義、目的)を共有する構造体なんだよね。同じパーパスに対して頑張っている人たちを見ると、私も頑張ろうと思える。だから、今はスターであっても良い部分だけ見せるのでなくて、良いことも悪いこともいろいろある中で、頑張っている姿を見せている。

八木 先行きが見通せない、確固たる価値が見えなくなっているVUCAの時代に、一緒になって未来をつくろうという、新たな価値創造時代のブランドのあり方だと言えそうですよね。

 そう。正直、企業側にも何がこれからの新しい価値になるのか、マネタイズできるのかもわからない。消費者も自分が何を信じて生きていったらいいのか見えない。それでも、企業も個人も前進していかなきゃいけないわけじゃないですか。
だから、企業は「われわれはこういう世界をつくるために努力しようと思っています」とパーパスを謳(うた)い、「信頼します、一緒になって応援します」という連帯関係が個人と結ばれ、一緒にプロトタイピングをしながら、ファンが商品やサービス作りを応援していくという構造体に行き着いたんだと思ったんです。

八木 新しい時代に求められる、パーパス・ドリブンのマーケティングであり、サービス創造。嵐はその先駆けだったということですね。

これからのサービスは、「推奨する」から「応援したい」へ

 そう捉えると、すべての企業はそう変わっていっていると思うんです。

アメリカのテスラ社のミッションは、「人類を救済する」。そしてビジョンは、「クリーンエネルギーのエコシステムを構築する」。だから戦略は、「スポーツカーを作る」、「その売上で手頃な価格のクルマを作る」、「さらにその売上でもっと手頃な価格のクルマを作る」、「さらにそうする中でゼロエミッションの発電オプションを提供する」、とてもシンプルです。

また、NODEでご支援している大手生命保険会社さまも、「健康寿命を延ばす」というミッションのもとに、新しい健康増進保険商品を生み出し、ウェルビーイングの思想に共感して協力してくれる企業とのパートナーシップを進めていく絵を描かれています。

八木 弊社が伴走するTOYOTAさまも今、同じところに行っていますね。創業以来受け継がれてきた「豊田綱領」を残し、フィロソフィーを作り直されたんです。ミッションは「幸せを量産する」。ビジョンは、「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える」。
そしてそこに呼応する形で、DXの推進をする「トヨタ・コニック・アルファ」というグループ会社では、「データで、ありがとうをつくる」を仕事と定義して、顧客接点を持つ従業員の行動を規定している。この流れは今の多くの企業で、経営の大きなイシューになっているんじゃないかなと思います。

 それでいくと、パーパスが掲げられ、まだ現場ではどうやっていいかわからないけれど前進しようと努力する現場をドキュメントにしているのがTOYOTAのオウンドメディアの「トヨタイムズ」ですよね。

八木 はい、まさにその通りです。

 それで、先日の射場さんのお話で気付いたんですが、「トヨタイムズ」は社長の豊田章男さんへの共感をかなり意識されていますよね。企業としてかなえたい未来を豊田章男さんが個人としても語っていて、「だったら俺も社長にこれは伝えたい」というようなユーザーの思いとも連綿とつながって、TOYOTAの新しい変革が起きていると思うんです。

八木 自分がつくりたい世界や自分が信じる行動規範は、法人より個人が話したほうがいいのはその通りだと思います。

 つまり、スマートシティをつくるためには、スマートシティをつくろうと前進している人間がその熱い思いを発信して、結果、思いに共鳴する人たちと網の目につながっていく構造体をつくっていくのが大事だと思ったんですよ。

そしてそれは、現在の企業組織や業界構造と異なる構造体なので、企業も、現状組織や意思決定構造ではないところで、共感ベースのつながりを創り、新しい事業に取り組む。そういう発想が必要になりますよね。

そこまで考えていくと、八木さんが以前トヨタイムズのコンセプトは、「応援したくなるメディア」ではないかとおっしゃっていたことがとても腑に落ちてきます。

八木 はい。これからは「応援したくなる」というのがキーだろうと思っています。

 僕もそう思っていて、NPSの推奨度ってあるじゃないですか、あるプロダクトを他人にどのくらい推奨するかを十段階で測る。ただ、僕はこれは既存価値に対する評価方法だと感じていて、次にくる指標は、新しいサービス創造への「応援したくなる度」じゃないかと考えたんです。

新規サービスは不確定性の中で創造していくことになるから、スタンスを含めた場の形成そのものが重要です。応援したくなる度が高ければ、サービスを一緒につくりたい仲間は社内外から集まってくるし、パートナーエコシステムもできるし、ファンも集まってきますよね。

八木 クラウドファンディングなんかでも、今、そんな連鎖が生まれていますよね。

パーパス・ドリブンは、多様さに寛容であることで拡張する

 ただ一般的には、パーパスを明確にすれば、当然それとは反するパーパスを持つ人が世の中にはいて、価値観の対立が生まれるんだとも思うんです。でも嵐は、多くの人に愛されているじゃないですか。なぜだろうなっていうのは僕の問いですね。

八木 そこについては、多重構造になっているのかなと僕は理解しました。コアファンは、「This is 嵐」という行動規範を理解して自律して動いているんですけど、そのコアファンを応援したいと思っているファンがいるという。

 なるほど。

八木 だから、実はコアファンと末端のファンは非連続になっていて、ただ、「応援したくなる」でつながっている、そんなイメージなんじゃないでしょうか。

 僕たちは嵐のファンではないけれど、「射場さんが嵐のファンって面白いな」、だから「きっと嵐もいい人たちなんだろうな」とは思ってますよね。

八木 そう。嵐のファンである人が好きだという、そういうことですよね。あとは、嵐がコアファンを惹きつけるものが何なのか、言葉に落ちたら全部つながる気がするんですが。

 でもそこはね、実は秘孔なんじゃないかって、今日話をしていてだんだん思えてきました。だって、「仲が良い」って言語にするとふわっとしすぎじゃないですか。シャープに言語化ができないから「This is 嵐」って言っているんだと思ったんですよ。さっきのテスラも「人類を救済する」って、よくわからないじゃないですか。でもそのことによって、自然発想の隙間を生んでいるのかも知れない。

八木 どういうことでしょう?

 要は「今日、私は部長に怒られて辛いけれど、あの豪雨のライブで歌い切った嵐を思い出して、仕事を頑張ろう」みたいな、それぞれの固有のストーリーが生まれやすいんですよ。「This is 嵐」が言語を規定していないがゆえに、いろんな人に自分なりに捉えていいという拡張性を与えていて、だから多重構造にもなり得るのかなって、先ほど聞いていて思いました。

八木 なるほど。

 ここでちょっと難しい話を持ち出していいですか。プロテスタントがなぜ、資本主義や自由主義を肯定して生み出したか。

八木 どうぞ、どうぞ(笑)。

 プロテスタント以前のカトリックは教会主義なので、法王が言ったことが絶対だったんです。けれど、プロテスタントは聖書に書いてあることを自分なりに解釈して、自分なりの聖書で隣人を愛すればいいという話になったので、自己に問い直す構造体になったんですね。そうして、自己内省によって承認されたものが世に出て行った結果、新しいイノベーションを生み出す人が多く生まれたわけです。

聖書の解釈を法王や教会が規定していたのがカトリックだとすると、聖書を自分たちなりに解釈しよう、言論をやろうというのがプロテスタント。プロテスタントは“批判する者”だから、「八木さんの意見のここを、金は批判します。ただ、聖書という原点は一緒だよね」、そんな構造体と同じなんじゃないかって。

八木 格好いいですね。

 格好いいでしょ。『プロテスタンティズム』(深井智朗著・中公新書)っていう面白い本にそう書いてあるんですよ。

八木 聖書の解釈の仕方は人それぞれなんだけれども、同じ聖書を解釈している仲間というつながりがある。それが横の関係性にもなっているということですね。

 そう。だから、われわれの向かう先は中国とはやはり異なるんだと思うんですよ。政府のような中央権力や、アリババ・テンセントのような大規模プラットフォーマーが支配する世界ではない。
パーパス・ドリブンでありながら、全体主義を目指すのではなく、多様であることを志向していくのが、これからの日本企業やサービスにはすごく大事なんだろうなと。

これからの時代のフォー・グッドの価値観を共有しつつ、「私たちのめざす世界はこうなんだけど、自分なりに応用してもらっていいし、ここまでは好きだけど、そこからは好きじゃないという人は、好きなところだけでも使ってください」、という多様な広がりを受け入れる道なんだと思うんです。
それが結果として、プラットフォームが成長する道だし、同時にプラットフォームと連携する各社や個人も成長する道になる、みたいな。

嵐の事例は、そういうふうに多様さを前提にして社会を捉えていけばサービスは広がって普及していく、という可能性を示してくれてもいるのかなと思ったりしました。

文・編集/丸山央里絵(Funday) 写真/雨森希紀(Maran.Don)、保田敬介
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