Column - コラム

これからの企業や商品ブランドを考える【前編】

自律的に考え動く、約300万人の嵐ファンコミュニティから学べるもの

「ファンが自分もこのブランドを構成している一員だと自覚している、そんなファンコミュニティの何がいいかというと、ファン同士の情報共有や助け合いが生まれるんですよ。トラブルが起こったときにも、よい形で解釈して、団結して、味方になってくれます」

日本コカ・コーラ社マーケティング本部副社長を経て独立。現在は、アメリカのビジネスの最新の知見を活用した企業コンサルティングを行う射場 瞬さんは、ファンクラブ歴14年の嵐ファンでもある。

今年6月に発売、1カ月を待たず重版がかかるスマッシュヒットとなった『嵐に学ぶ マーケティングの本質』の出版を記念した本コラムのシリーズ第2弾は、著者の射場さんと、電通デジタル執行役員の八木さん、NODEの金との鼎談をレポート。

前編では、嵐のすごさとは何かを紐解きながら、自律的に考えて、自発的に助け合う、推定300万人とも言われる巨大なファンクラブが生まれていった背景を明らかにしていく。

嵐の成り立ち。そして国民的アイドルグループになった理由

金 均(以下、金) まずは嵐の本質を把握するために、どういうふうにデビューして、何を核にファンができていったのかを、お聞きしたいです。

射場 瞬(以下、射場) はい。嵐はもとは1999年のバレーボールワールドカップ応援のための一時的な活動グループとして結成されました。ジャニーズJr.がメインのバラエティテレビ番組「8時だJ」に、メンバー5人のうち4人が出演していて、そこで人気の出たメンバー4人と、リーダーの大野くんで結成されたんです。
ところが、デビュー曲のCDがいきなりオリコン1位獲得。推定約97万枚も売れて、メンバーにおそらくそこまで強い覚悟ができていないうちに、トップアイドルグループに仲間入りしたのではないかと思います。

 ということは、最初は継続していくつもりもなかった?

射場 全員とはいいませんが、継続を期待していなかったメンバーが多かったと思います。
継続する中で、初めてブランドを考え直すタイミングになったのが、結成後4、5年目ぐらいだと思うんです。本人たちがインタビューで答えていますが、嵐の5人は、自分たちがどうあるべきかということをグループ全体で何度も、ときに朝5時まで語り合ったそうです。そこから嵐というブランドとグループがどうあるべきかを、メンバー5人で本気で考え抜いてつくってきたことが、嵐のすごさだったと私は思っています。

 では、そもそも商品化予定のなかったグループが偶発的に売れ、そのブランド戦略も事務所や商品開発部が企画したわけではなく、自分たちなりに考えて立ち上げてきたということですか?

射場 そう思います。個人的に嵐らしいなと思ったのが、活動休止前の最後のアルバムとライブのタイトルを、「This is 嵐」としたことでした。メンバーは、自分たちでつくってきた「僕らが考える嵐、嵐ブランド」を、休止前に自分たちを支えてきてくれたファンに見せたい思いでライブを作り上げたのだと思います。彼らが、何が嵐で、何が嵐でないか。つまり、「エクイティ(ブランドに合致する価値)」と「オフ・エクイティ(合致しない価値)」をずっと5人で考え、決めてきたからこそできたことだと思います。

ライブといえば、毎年行われていた嵐のライブに行くと必ず、結成時からの写真や動画が流れ、嵐がどう育ってきたかを見せてくれる場面があるんです。ベタに思えるかもしれませんが、それは休止直前のライブまで変わらず続きました。“6人目の嵐”であるファンたちに、嵐の変化と一緒に歩んできたことを改めて実感させてくれるのです。

 僕が興味のあるのは、当初、一時的なグループから始まった彼らが、“ファンの人生を応援する”という顧客価値にたどり着き、日本の国民的グループにまでたどり着いた道のりです。

企業は、組織的なマーケティングチームを持ち、多額なマーケティング投資を行っていますが、なかなかロイヤリティの高いファンづくりに成功できない。一方で、偶発的に始まり、組織的な支援も弱かっただろう5人の若者が、日本の国民的グループになっている。
では、その過程でどういう意思決定を行い、嵐という事業を立ち上げてきたのか、そこにファンづくりを目指す企業へのヒントがあると思うのです。

射場 それ以前は確証がないのですが、私が本気のファンになり、ライブに行き始めた2007年にはもう、“6人目の嵐”という言葉をメンバーがファンに向けて話していました。先ほどお話ししたように、5人はデビューから数年で、嵐とは何か、自分たちはどうあるべきかを真剣に話し合い、その方向性を大きくはずっと守ってきたのだろうと思うんです。

嵐というブランドを構成する5人のメンバーがブランドに対して強い当事者意識をもち、ファンの前でその思いをもって歌い、演技し、話す。
ブランドを考える人と、ブランドのコンセプトを現実で、顧客に向かって実行する5人がイコールだったこと。それがブランドにリアリティを与え、一貫した“嵐らしさ”を生み出していたのではないかと感じています。

 今のお話を聞いて、嵐は自分たちでブランドを考えながら立ち上げていった結果、その主体性も含めて共感を得て、ファン形成がうまくできていったのかなと思いました。
マーケティングのプロの射場さんから見て、一般企業が得られる示唆はありますか。

射場 嵐の事例もそれを示していますが、ブランドは、自分たちを愛してくれるファンに喜んでもらうためにあるべきだと私は思っています。

コロナ禍の今のように、変化に対してスピーディな判断を求められる局面では、誰がブランドと顧客との関係性を守るのかを明確にしないと、ブランドを守ることが難しくなる。ブランドを守り、育てていくためには、以下の3つが大事になると考えています。

1:ブランドに向かってくれるファンを深く、近くで見つづけ、ファンの変化や思いを理解すること。
2:商品やサービスを開発しているチーム、マーケティングのチームが、同じブランド観を共有し、ブランドを作っているのは自分たちだという当事者意識を持って、顧客に向かった活動を実施すること。
3:誰がブランドについてどう決断をするか、ブランドホルダーと決断の方法を社内で決めること。

横で顧客とつながるブランドの台頭と仕組み化

八木克全(以下、八木) 僕も話していいですか。お話を伺っていて、NY発のコスメブランド『Glossier』を思い出したんです。

▲創業者のエミリー・ワイス氏がVOGUE誌のスタイリングアシスタントだった2010年にコスメブログを開始。そのブログのファンの声を反映する形でオリジナル商品を作ったところから始まった、ミレニアル世代に人気のD2Cコスメブランド

Glossierのマーケティングの特徴は、広告を打たず、ブランドのヘビーユーザーを見つけ出して「レップ(営業担当)」に任命したり、顧客を「マーケター」と定義したり、従業員はブランドの世界観を編集して一緒に紡ぐ「エディター」だと発信したりしていることです。
このあたり、射場さんのおっしゃる「縦ではない横のつながり」を、わりと実現できているブランドのように思えたんですが。

射場 わかります。Glossierは現地の店舗にもリサーチに行きましたが、世界観のつくり方がうまくて、お店に行くとワクワクするし、誰かにお店にいる写真を送りたくなる。顧客との関係を深くするマーケティングの施策も上手いですし、学ぶことの多いブランドですよね。

八木 けれど射場さんは著書で、嵐はファンにとって「人生の一部」であり、「価値観を共有するプラットフォーム」だとも書かれていらして、Glossierはその段階までには達していない気もしたんですが。

射場 そこは商材の特性もありますし、アイドルと比較するのは難しいですよね(笑)。化粧品というカテゴリの中では、Glossierは顧客がファン化している割合の多い、熱量の高いブランドではないかと思います。

Glossierは、熱烈なファンがついたメディアから始まり、化粧品ブランドになっていったので、創業当時のファンには相当な熱量があっただろうと想像します。ただ規模を広げていくと、熱量が低めの人にも広がっていくので、ファンの熱量を維持したり、熱量の高いファンに発信し続けてもらうための仕組みを考える必要が出てくる。
だからマーケティングを考える必要性と、その実行の上手さにブランドの成功が左右されることはあると思います。そして、それがマーケティングの「仕組み」として行われていることは、熱烈なファンには伝わるとも思います。

八木 そうですね。

射場 Glossierのやり方は、顧客を自社ブランドのアドボケイト(熱心に提唱する、伝えてくれる人)にすることが重要だと伝えてくれる好事例だと思っています。
ただ、何が足りていないかと考えるならば、なるべく多くのファンに、ファン自身がブランドの一部だとまで思ってもらうまでにはなっていないのではないかということですね。

レップ(代表者)を任命して、それ以外の人と区別して特別感を感じてもらうやり方は、本当に正しいのかどうか。自発的に発信の生まれるファンのネットワークにまで育て上げられるかどうか。
ただ、そこまではなかなかいけないから仕組み化をしているわけで、人の気持ちを動かし続ける難しさを感じます。

八木 なるほど。今、射場さんのお話を聞いて、アウトドアブランドの『スノーピーク』が思い浮かびました。スノーピークは顧客と地域に密着することを重要視していて、ユーザーと社員がともに参加するキャンプイベントを毎年行っている。これも縦じゃなくて横ですよね。

でも仕組みでみると、スノーピークも会員をランクで区別はしています。累積購入金額100万円以上でブラック、300万以上でサファイアとか。でも、ランクアップで得られることが、「ブランドの未来について語り合う権利」とかなんですね。

射場 あ、面白いですね。

八木 それがスノーピークらしさをつくっている気がします。スノーピークは、大自然の中で楽しむ野遊び=キャンプを、「人間に回帰する行い」とリポジションをして、われわれはそれを応援していくと定義しています。だから、スノーピークで買い物をすることは、人間への回帰のバロメーターにもなっていて、そのボリュームが大きい人はブランドを一緒につくる権利を持っている。

射場 そのあたり、何がブランドとして有りかなしかは、顧客によりけりだと思うんです。スノーピークのファンにとっては、ランクにより権利が発生することは問題ない。でも嵐は区別をファンが好まないとわかっているので、どんなにお金を持っている人でもライブチケットの当選確率は一緒。メンバーの人気の差も、グッズ売り上げなどから推察ができないように配慮されています。

けれども、スノーピークファンにも「これをやったら許せない」という部分は必ずあると思うんですよね。そこは自らのブランドのファンを見て判断するしかないと思います。

フォー・グッドの行動規範でつながるコミュニティの弾力性

八木 ちなみに嵐のファンは、嵐のどんな言葉に心を動かされるんですか。キーとなるフレーズがあるんですか。

射場 どうでしょうね。“5人で嵐”、“6人目の嵐”などの言葉はありますが、嵐メンバーが自分たちファンを嵐グループの一部と考えて、そう思っていることを言葉や行動で伝え続けてくれたことが、一番大きいのではないかと思います。私がファン代表として語るのはおこがましいのですが。

嵐というブランドを、メンバーの5人と、6人目の嵐であるファンとで一緒に育てていく中で、さまざまな歴史が作られていった。その歴史を振り返って語るときには、6人の関係性や絆の深さが大切になります。そうして、嵐の5人のメンバー間の仲の良さや、メンバーとファンとの対等な横の関係性、そうした嵐ブランドの一番大切な部分を語るシグネチャーストーリーが重要になっていったのだと思います。

そしてメンバーだけでなく、自分のブランドとして深く理解している、嵐の一部であるファンによってその嵐のストーリーが語られていった結果、それ以外の人たちの中にも正しいイメージで伝わっていったのだと感じています。

八木 なるほど。語り部を通してブランドがつくられていったと。

 僕はそこに、嵐メンバーが目の前にいるお互いの個性をリスペクトし、いじり合ったりしながらも対等に議論してきた、その“行動規範”へのファンの共感があったのではないかと感じました。

例えば、豪雨の屋外ライブで全身ずぶぬれになりながら踊って歌う、そういう危機にぶつかった。そこであきらめずファンといつも以上に一体になって、最後までライブをやりきった事実が感動ともにファンに語り継がれていく。エピソード自体にも彼らの行動規範が表れていて、それらのストーリーがいくつも連鎖して、拡散性を帯びて、日本中に広がったのかなと。

でも一つ思ったのは、嵐にとってファンは横のつながりですけど、嵐ファン以外の人たちに対しても同じかというと…。

射場 はい、違いますね。愛情あふれるファンが嵐ブランドを正しく理解してくれるなら、それ以外の人たちが同じ深さの理解をしてくれなくても仕方ない。そこは、ブランドを伝える意味で、明らかな区別をしていると思います。

 やはりそうですよね。それと、僕は嵐にはターゲティングという概念がないのかとも思ったんです。ファンクラブに入る時点で、嵐を理解する体験が行われていて、結果としてファンクラブに入るわけで、誰かを狙って勧誘しているわけじゃないのかなと。

射場 それでいくと、嵐は毎年、数多くのライブを行っていましたが、ファンクラブに入ると自分を入れて4人まで、人を呼べるんですね。そうすると何が起こるかというと、ファンが自分の周りの人を誘ってライブに行きます。もちろんファン同士で行くこともありますが、嵐ライブに行き慣れていない人が同行する場合、ライブで演奏される曲の入ったアルバムを貸したり、過去のライブのDVDを観せたり、私を含めて、初めて行く人が存分に楽しめるように気遣いする人が多いようです。同行する人の分のグッズも、私が事前に並んで買い出しに行っていましたし。
そして知っている限りでは、一度ライブに行った人が、またライブに行きたいと思って、ファンクラブ会員になる確率は相当に高い。

だから、ターゲティングはしているけれど、ターゲティングをした人たちが気持ちよく自発的に嵐の素晴らしさを語って、次のファン候補を引き連れてきてくれるという構造が起こっていたんじゃないかなと私は見ています。

 なるほど、それは強力です。

射場 例えば同じアイドルでも、特に総選挙が重要だった頃のAKBの場合は、「僕とAKBのXXちゃん」というファンと推しメンバーの一対一の関係性が重要だったと思うんです。実際にAKB劇場やライブでファンの反応を見て、そう感じました。

けれど、嵐のファンは自身を“6人目の嵐”と思い、自分たちも嵐ブランドの一部だという自覚が強く、自分が好きだということを周りに発信していく人が多い。
CDも自分が聞く用と貸し出し用を買って、興味を持ってくれる友人に貸したり、一緒にダンスの練習をしたりする。幼稚園や小学校の運動会の入場行進やダンスに、嵐の曲を選ぶファンの先生がたも多かったようです。狙った訳ではないと思いますが、マーケティング的には非常にいいエコシステムです。

ジャニーズ事務所からは正確な総会員数は発表されていないので、あくまでファンが会員番号をベースに推定した情報ですが、嵐のファンクラブ会員数は右肩上がりで増えていて、活動休止の手前で約300万人に達したのではと言われていました。

八木 共感する世界観によって、顧客が自発的に動くということをこれまで考えきったことがなかったのですが、考え甲斐がある話ですね。

従来のネットワーク効果って、網の目につながっているので、いい情報が広がる速度と同じように、悪い情報も広がっていく。それがある一定のしきい値を超えるとコミュニティは終わるんだと思うんです。
けれど、射場さんの嵐論を伺っていると、その情報伝達に、「やさしい」という色が付いて流れているのが、これまでの広域ネットワーク論との大きな違いだなと感じます。

射場 そうかもしれないですね。

八木 もし流れる情報に色を付けるようなことが、共有する世界観や価値観によってできるのであれば、いろんな可能性がある話ですね。

射場 それをかなえるために嵐は、「This is嵐」と「This is not嵐」という判断基準をまず自分たちが持ち、さまざまな活動を通じて、ファンにも同じように感じてもらうということを、時間をかけて丁寧に続けてきたのではないかと思うのです。

だから、嵐のファンは情報に対して、自らの視点を持っていることが多いと感じます。例えばSNSでの、「嵐は、XXするべきじゃないか?」という意見に対して、正しくないと思えば、どうしてそれは嵐として問題がなくて、むしろ余計なお世話なのかを、理路整然と説明していきます。
ときに「この方たちを敵に回したくないな」とも感じますが(笑)、嵐ブランドの一員として一人一人が考え、判断して、自分の言葉で発信している。そうしたファンが多いと思います。

八木 嵐はお互いを思いやる友情や、やさしさを乗せて人と人とのコミュニケーションをつないでいった。
行動規範という言葉を聞くと、ともすると行動を制限するものにも聞こえますが、その規範がソーシャル・グッドなど、フォー・グッド(for Good)なものであれば、人と人をつないで、ゆるやかに広がり、かつ強いつながりになっていく可能性を秘めているのかもしれないですね。

ブランドのコアの価値観、行動規範を文脈や体験で共有することができると、そのコミュニティはレジリエンス(外的な衝撃に折れない弾性、しなやかさ)を持つ。

射場 そうですね。きっとそれによって、ブランドへの信用や愛情が育まれるんだと思います。
顧客コミュニティとの強いつながりを生むためには、自分たちの企業やサービスのブランドを誇りに思ってくれるファンと一緒になれる世界観をつくり、つながっていくことこそ大切だと思っています。

 なるほど。今、日本でも多くの企業がパーパス・ドリブンに着手、注目し始めていますが、嵐はその先行事例だったのかなと。おふたりの会話を聞いていて、そう僕はそう受け止めました。

後編に続くー

文・編集/丸山央里絵(Funday) 写真/雨森希紀(Maran.Don)
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